いつの間にか遊び場に
今僕が住んでいる部屋の間取りは1DKだ。知っているとは思うが、DKはドンキーコングの略ではない。筋トレ直後に上半身がパンプアップしている姿や、頻繁にバナナを食べている姿が霊長類に見えるのかもしれないが、僕は正真正銘の人間だ。それはさておき、玄関を開けると部屋全体が見渡せる。部屋は完全には独立していなくて、キッチン側の部屋との間にはロールカーテンが設置されているだけだから、広めのワンルームと言った方が適切かもしれない。エアコンは一つしか備わっていないから、そのロールカーテンが完全に降りることはほとんどない。窮屈というわけではないけど、極力シンプルな状態を目指して物はほとんど置いていない。私物は押し入れの中に入れてある。
以前は部屋の東側にベッドフレームが置いてあったけど、壁際の湿気が酷くてマットレスがカビで汚れてしまった。それは処分して今は布団を敷いて寝ている。寝心地がどうだろうかと心配していたけど、元々実家にいた時から布団で寝ていたわけだし、薄い煎餅布団に横たわるのではないから問題なかった。ただ敷きっぱなしだと、また同じような問題が出てくると思ったから、布団を干す為の折り畳めるハンガーを購入して使っている。家族全員が目覚めたら布団を畳んでハンガーを広げる。息子を布団ごと移動した後に壁際にハンガーを置く。敷布団を持ち上げてパイプを跨がせる。ちょうど二つ折りになるように長さを調整したら、その上に掛け布団を乗せるのが朝の決まり事になっている。
最初は自分の布団の上で仰向けになって声を出すだけだった息子の活動範囲は、今では部屋全体に及んでいる。仰向けのままじっと過ごすことはほとんどなく、寝ているか授乳の時以外は絶えず寝返りを繰り返しながらあっちこっちへ移動している。床にはウレタンマットを敷き詰めているから、腹這いになっても身体が冷えることはない。自分で這って進めない代わりに、くるくると回って移動していると思われる。彼の最近の流行りは、僕がご飯を食べたりパソコンを開いて作業をしている机の下に入ることだ。身体を反らせたり曲げたりしながら、いつの間にかあぐらをかく僕の足元に近付いてくる。そして机の足をじっと見つめながら手を添えている。
机に頭をぶつけないか心配する僕をよそに、仰向けになって下に潜り込んでいる。そこに何か子どもの注意を惹きつける物があるわけではないと思うのだけど、なぜかとても興味深そうにしている。製品ラベルのようなシールが貼られているだけで、それ以外は何もない。けどそのシールに手で触れて何やら声を出している。それに飽きると今度は机の反対側まで転がって、押し入れに身体をぶつけることになる。さすがに押し入れは自分では開けられない。開けたところで珍しい物が入っているわけではない。『鬼滅の刃』の単行本が全巻置いてあるくらいだが、当然彼には一文字も読めないし、得体の知れない物でしかないんだろう。そしてそこから動けなくなってぐずり出すから、抱っこして部屋の真ん中まで戻してやる。
戻った後に大人しくしているのはほんの少しの間で、すぐにまた転がって机の下まで移動しようとする。引っ越してきた時には広いと思っていた部屋がどんどん狭く感じる。小さな身体で動き回って世界の隅々まで探検しているみたいだ。家の外にはもっと広い世界が彼を待っている。僕自身が慣れ親しんだと思っているその世界は、彼にとっては全てが新鮮で僕もかつては同じように真っさらな心で物事を見つめていた。大人になって色々なことを知って経験する中で、いつの間にか世界はこういうものだと思い込んでいた。それは自分がずっと前から見たいと思っていた景色ではなくて、気付かない間に誰かや何かに刷り込まれ続けて出来上がった虚像だった。自分が見たいと思う景色は、本当は自分自身の手で探さなければならない。それは自分の外側にあるものだけではなくて、内側にあるものも含めてだ。
世界は残念ながら綺麗事だけでは成り立っていない。綺麗事や正論だけではうまく歯車を回せないこともあるかもしれない。それでも楽しいことはたくさんあるから、どうか打ちのめされないで前を向いて生きてくれることを願っている。