布団で隠れる
僕が住んでいる家は、間取り上はダイニングの他にもう一つ部屋があることになっている。部屋と部屋の間は、扉か何かで仕切られていると僕も不動産屋に初めて紹介された時は思い込んでいた。しかし実際に現地に足を運んで自分の目で部屋を見た時に、玄関と反対側に備わっているベランダが前方に見えていた。一瞬、僕の視界に入らないどこかに部屋があるのかもしれないと期待はしたが、実際はその時に視界に入った以外の部屋はなかった。1DKというよりも広めの1Rと言った方が適切に間取りを表していると思える家だった。そんな今の家も住み始めてから去年最初の更新を過ぎ、あと半年弱で4年目に突入しようかというタイミングに差し掛かっている。
広い1Rと前述したが、大人2人ならまだしも子どもが1人増えると感覚的には狭いと感じる。子どもはまだまだ自分の部屋が欲しいとは言い出しそうにないけど、寝る為の寝具を敷くといわゆるリビングで自由に活用できる場所はほぼ無くなってしまう。1日が終わりに差し掛かって後は寝るだけという時に、広いスペースが必要なほど動き回ることはする気にならないからストレスではない。壁際で寝始めた息子は、すぐに眠ったまま寝返りを繰り返す。頭と足の向きが逆転するだけならまだしも、夕飯の片付けをしている間に妻や僕の布団まで転がって来るのだ。起きている時も活発に動いているが、寝ている時は照明が暗いので電気を消してしまうと目が慣れるまで見えづらい。うっかり踏んでしまわないように細心の注意を払っている。
朝になれば、敷布団はハンガーにかけて掛け布団も畳んで上に置いておく。3人分の布団を敷いた時よりもスペースはできたけど、それでも布団干しを置いている分は狭くなってしまう。湿気が溜まりやすいと感じるこの家では、少しでも布団にカビが生えないようにできるだけのことはしている。雨が降っている日なら尚更だ。布団は干しておけばいいけど、雨では外に気軽に散歩も行きにくい。でも息子は動きたい盛りだから、何とか家の中でも身体を動かす機会を設けたいと思っている。おもちゃを買い与えることはほとんどないが、今ある物を使って楽しませられないかと時々考えている。
距離をとって名前を呼ぶと迷いなくこちらに向かって来るようになった。自分の名前が呼ばれていることを分かっていると信じたい。ただ名前を呼んで移動させるだけでは面白くないだろうと考え、布団一式が置かれている竿を壁から離して、そこを通れるだけの隙間を作った。そしていつもと同じように息子の名前を呼んで誘導する。僕自身が先に布団と壁の間の通路に身体を押し込んで、顔だけ出して名前を呼び続けている。それに気付いた息子は、にやっと口角を持ち上げて笑顔になった。そしてまたいつものようにこちらに向かって全速力で向かってくるのだ。近付いてきたら顔を引っ込めて、姿を隠すようにして通路を奥まで進む。息子が通路に入って進んでいる音が聞こえたら、再度顔が見えるように覗いて名前を繰り返し呼んだ。
干された布団を中心にしながら、何度もその周りを止まっては動くを繰り返していた。オレンジ色の分厚いカーテンを背にして、息子がそれにもたれて座っている。いつもとは少し違う遊びに戸惑っているのかもしれない。澄ました顔をしているけど、内心は結構興奮して楽しんでくれているのかもしれない。直接どう思っているのかを言葉にしてくれたら楽だけど、楽しいという言葉は曖昧な印象しかないし、厳密にその時の感情を表現するにはどんな言葉もぴったりとは合わないのかもしれない。赤いドーナツ状のクッションが転がっているのを見ながら、大きな声で笑い転げている。笑い過ぎてその小さな瞳には涙まで浮かんでいる。大人からすればそこまで面白いと思えないことも、彼にとっては新鮮で興味深く滑稽に映るんだろう。僕が涙を浮かべるほど笑ったのはいつのことだったか。