初鯉のぼり、下書き

 鯉のぼりをどうしようかと考えていた。来月は息子にとって初節句だ。鯉のぼり自体は僕の実家でも設置していたし、大人になってからも色々な場所で目にする機会は少なくない。ただ今は賃貸の集合住宅に住んでいるから、地面から突き出た穴にポールを挿して空を泳がせることは不可能だ。部屋の窓から見える空も狭く、仮にベランダに控えめな大きさの鯉のぼりを飾るにしても映えなさそうだ。試しに既製品も探してみたが、自分達の拘りが強いからなのか、中々イメージ通りの商品を見つけられなかった。それなら手作りしてみようかと思い立ち、使っていないノートを広げ、自分が思う鯉のぼりを描いてみたのが始まりだ。鯉のぼりというよりは、実物の鯉に寄せたイラストになったそれを更に煮詰める作業になった。

 ノートに描いた鯉は水中を泳いでいる動きを想定したが、鯉のぼりにするとなるとそのまま形にするのは難しい。手作り自体がうまく行くかどうか未知数なので、長方形に近い輪郭にして再度下書きを行うことにした。最初に描いた鯉は鱗を細かくし過ぎたので、2度目は均等な大きさになるように調整した。定規で方眼紙のように線を引き、鱗が綺麗に整列するようにもした。大き過ぎず小さ過ぎず、一目見てはっきりと鱗だと分かる造形を目指した。子どもの節句なのであまり実物には似せずに、ある程度の可愛らしさも持つように意識した。一枚の大きな布を最後に縫って繋いで完成させる為に、交差する鱗が折り返しても途切れないように気を配る。

 鯉の目になる部分が何色も重なって塗られている既製品もあったが、あえて色味を統一して数も少なくした。その方が目が大きく見えるし、子どもらしくなるんじゃないかと思ったからだ。大きな口は布の幅よりも狭めて魚らしい顔付きを目指した。尻尾は端から三角形に切り抜いたような形にしている。複雑な形ではないが、その分見た目がすっきりしているはずだ。そして目と尻尾の一部に、息子の名前の漢字を崩したような文字を入れようと考えている。名前をそのまま書いてしまうのは芸がないと思ったからだ。名前の漢字を紙に普段通り書いてみる。そして今度は一筆書きのように敢えて雑に鉛筆を動かしてみた。今度はもっと走り書きのように書いてみる。何となく崩れてきたので、下書きの鯉のぼりにも書き込んだ。

 スケッチブックに描いた鯉のぼりを眺める。大空を優雅に舞う、という感じの鯉ではない。でも何だか元気は良さそうだ。おそらく部屋の中に飾ることになるだろうから、実際に描く布の長さは僕の身長よりは短い。鱗の数も多くないし、描くにしても時間は掛からなさそうだ。描き始める前は本当に作れるのか不安だったけど、描き上がった鯉を見て既製品と同じとはまでは言えないまでも、面白い物が出来上がる気がしている。あれこれと想像しながら絵を描くのは楽しい。息子がいなければきっと手作りしようなんてことは考えていなかったと思う。唯一僕が無心になって作業できる時間と言える。その機会をくれた息子と、手作りをしようかと提案してくれた妻に感謝したい。ありがとう。

 作業がひと段落したとは言え、今はまだ白い紙の上に描かれた黒い線でしかない。白黒の鯉のぼりでも悪くないとは思うけど、今回は何色か決めて塗ることにする。来月までまだ時間があるので時間をかけて選びたい。僕はオレンジ色が好きだけど、息子は初夏の生まれだから爽やかさが感じられる色の方がいいんじゃないかと思う。手作りすることを思い付いた妻の好きな色でも問題ない。手作りする過程が僕にとっては充実していると感じられるから、細かな好みは合わせるつもりだ。色違いの鯉達が順番に泳いで来る。別々の色をした鯉が続いたり、さっき見た鯉と同じ色をした鯉がまた目の前を通り過ぎて行く。いずれその中の1匹を選ぶことになるのだけど、泳いで通り過ぎるのをもう少しだけ眺めることにする。

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