物置と鳥の巣

 玄関を出ると視界の斜め右に物置が見える。庭にあるのだから、見えて当然の距離だけどなぜか目を細めたくなる。その実家の物置は場所が変わって、今はもう玄関を出ても直接その姿を見ることはできなくなった。その代わりに庭が広くなって、実家に家族が集まる時の駐車スペースを探すのに苦労しなくなった。我が家の物置の役割は、文字通りすぐに使わない物を収納しておく場所になっている。他の家庭でも似たようなものだろう。1年に1回しか使わないような物は意外と場所を取ることになる。家の中に置いておいても時期が来るまで用がないから、なるべくしまっておきたい。簡単に作れそうには見えないが、豪華な作りというわけでもない。コンクリートの土台に乗せてあるだけと知ったのは、僕が大人になってからだった。

 物置には節句で使う道具以外に、自転車や車のタイヤも置かれていた。父がスキーに出かけていた頃は、長いスキー板も棚にしまわれていた。冬場になると暖房器具の燃料が注がれたポリタンクも置かれていて、油が切れる度に両手で持っても重いタンクを玄関先まで運んだものだ。バスケットボールが好きだった僕は、自宅にゴールを設置できたらなと思っていた。地元の大型スポーツ用品店に出かけて、自分の頭上から下がっているゴールネットを見上げながら、それがそのまま家にあったらと何度も想像した。実際にそれが自宅に置かれることはなかったけど、ある日物置の東側の壁に簡易的なゴールを父が取り付けてくれた。見上げる程の高さではなかった。物置の屋根までは当時の僕は届かなかったが、取り付けられたゴールには手が届いた。

 ボールも一緒に買ってもらって、早速シュートを打つ。実際のゴールとは違って目線がかなり低い。ボールは弧を描くというよりも、どちらかというと水平に近い軌道で空中を飛んでいった。物置の屋根がゴールリングの上に少し飛び出しているから、屋根に弾かれることも度々あった。勢い良く踏み切ればダンクシュートを決めることもできた。もちろん本来の高さなら今でもネットに指先が触れるので精一杯だが、それでも気持ち良かった。NBAのスター選手になったつもりで楽しかった。ボールがゴールを逸れて物置の壁にぶつかる。壁はバスケットボールのゴールが取り付けられることを想定していないので、ぶつかる度に音が響いた。

 赤と青と白で塗られたボードも、時間が経つにつれて色あせていった。ボールがネットを揺らす機会も徐々に少なくなって、いつしかボードの裏が鳥の休憩場所になっていた。物置からボールを取り出してシュートを打つと、甲高い鳴き声と共に鳥がボードの裏から飛び出してきたのだ。恐る恐る近付いて鳥が潜んでいた場所を覗いてみた。ボードが固定されている木材の周りに、ばらばらになった藁が折り重なっていた。父親に話すと鳥が巣を作っているのかもしれないとのことだった。ボールが当たる度に振動もするだろうし、音も小さくないはずだった。天敵がいたとしてそれから身を隠すにはいいのかもしれないが、快適とは程遠いだろうなと思っていた。

 ゴールリングは金属製だった。大した跳躍力がなくても派手なダンクをかませたからか、リングの付け根が段々と曲がり始めて最終的には錆も相まってぽきっと折れてしまった。壁にただ固定しただけだから、リングに加わる力はそのままリングが受けることになる。当然と言えば当然の結果だった。ただ一時でも当時憧れだったスポーツ選手の真似をして爽快感を味わえたから、僕としては満足だ。使えなくなったゴールを物置の壁から取り外した時には鳥達の姿はなかった。もっと静かで穏やかな場所を見つけたのかもしれない。そのつもりがなくても、いつか飛んでいる鳥にボールが当たっていたかもしれない。あれから10年以上時間が経った今、物置の荷物は家族の皆が順に実家を出る度に少なくなっている。いつかそこにはもう何も置かなくなる日が来るのかもしれない。

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