鍋だけ買っていない

 東京で暮らすようになるずっと前から、自炊をある程度していた。初めて作った料理は苺ジャム。苺ジャムを料理というかどうかは別として、’そして僕が作ったそのジャムがどれだけの人にジャムとして認められる品かどうかは別にして、それが最初の一品だった。ジャムを作ったのは今のところそれが最初で最後になっているが、それ以外の料理なら大抵の種類に挑戦してきた。今までは食材を買ってきて、ただ茹でたり焼いたりするだけで、炊飯器で炊いたご飯と味噌汁と共に家での食事を済ませていた。もし今も1人暮らしを続けていたとしたら、おそらく料理に対する考え方が大きく変わることはなかったと思う。プロの料理人に認められるかどうかは知らない。認められなくてもいい。ただいつもそばにいてくれる人達には、自分の腕を振るった料理を食べて美味しいと言って欲しい。

 調理器具にも拘り出した。実家にいた時には使うどころか一度も目にしたことがないような器具を買うことが増えた。特別高価というわけではない。ただ料理のレパートリーが増えるほど、より効率良く調理を進められる器具が欲しくなってくる。絶対に必要かと聞かれたら、料理自体はそれらがなくても一応完成までは辿り着けるかもしれない。ただ育児をしながらだと1分1秒がとても惜しく感じる。そして時間を掛ければ一律に何でも美味しく仕上がるものでもない。決まった予定のない日に思い立って出掛けた時も、目に付けば調理器具を扱う店舗に入って品定めをすることが多い。

 年末の東京は寒いと言っていたけど、年が明けた東京はそれ以上に寒く感じる。家の中はエアコンがきちんと動いているから、寒さはそれほど感じないけど、散歩や買い物で外に出掛けた時には着込んでいても首をすくめたくなる。抱っこ紐の中では小さな息子が右や左を交互に見渡している。見たところ彼は寒くなさそうだ。とは言っても抱っこ紐だけでは身震いくらいするかもしれない。抱っこ紐の上からクリップで止めるタイプの防寒具で寒さ対策をしている。僕が自分の腕でその表面を触るとひんやりしているけど、内側に手を入れると暖かい。彼はまだ自分で歩けないということもあるが、快適そうで羨ましく思う。

 正月に帰省した時に食べた市販の鍋用のスープの話をしていた。辛さが何段階かある中で、中間くらいの物を食べているそうだ。もつ鍋にすると美味しいと家族から報告があった。帰省した時に母が用意したスープは辛過ぎて僕には太刀打ちできなかったけど、それよりも辛さが抑えられているのであれば、僕も最後まで美味しく食べることができそうだ。近所にあっていつも通っているスーパーでもそのスープを購入することは可能だ。ただ問題が一つだけ。今住んでいる家には鍋がない。鍋料理を作ったことはあるけど、その時は深めの片手鍋にスープを作って具材を煮込んだだけだった。味は変わらないのかもしれないが、見た目や雰囲気が鍋を囲んでいる感じにはならない。

 買えないわけではない。買っていない特別な理由もない。鍋料理が苦手でもない。本当に何となく買っていないとしか言えない。物は少ない方だと思うけど、それでもキッチンの収納棚にはあまり余裕がない。鍋を囲むなら家族が座るテーブルの真ん中に火が欲しい。となるとガスコンロも鍋と一緒に用意することになるだろう。離乳食しかまだ食べられない息子もいるし、家族揃って食卓を囲むのはまだまだ難しい状況だ。時々は息子がぐっすり寝てくれて、ゆっくり食べられる時もある。今すぐ鍋がないと困るわけでもないから、まだ少し先のことにはなりそうだ。

 実家で食べたスープについて調べてみたら、更に辛い味のスープが販売されていることが分かった。基本の辛さの15倍と謳っていたが、それは最早僕の想像の範疇を遥か超える物と言える。少しでも辛味があれば汗をかいてしまうから、僕が口にすることは一生ないかもしれない。仮に誰かに頼まれたとしても遠慮させてもらおうと思う。

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