きらきらが走る
家の外に自分の声が漏れ聞こえていたらどうしようと、1曲歌うごとに考える。実際のところは漏れていると思わざるを得ない。買い物から帰って来た妻が誰が叫んでるのかと思ったと冗談で言っていたことがあったから、曲によっては結構聞こえているのかもしれない。コロナ禍でなかった時には、街のカラオケ屋にほぼ毎週末通って歌っていた。定額を支払えば通い放題というサービスが使えたからだ。但し定額なのは部屋代で、ドリンクバーを含む飲み物は別料金だった。それでも毎回部屋代を支払うよりはかなり安い。月に4回行けば元は取れるくらいの値段設定だった。明らかに1人では広過ぎる部屋に案内され、廊下を通り過ぎる他の利用客の視線を感じながら毎回3時間歌い続けていた。
去年の春先に状況が一変して、その店にも通わなくなった。最終的には定額制のサービスも解約することにして、代わりにスマホのカラオケアプリを使うようになる。音源をイヤホンで聴きながら、自分の声はスマホのマイクで拾う。拾われた自分の声は音源と一緒に聴こえるので、自分がどんな風に歌っているのかが分かる。鼻歌では気持ち良く歌えていると思っていても、いざ歌っている声を自分で聴くと思っていたのとは結構違うことに気付く。そして大抵それは鼻歌の時の感覚よりも良くない聴こえ方をする。自分では出ていると思っていた高音が苦しそうに聴こえるとか、正しいはずの音程が外れていたりとか。どうせ歌うのなら気持ち良く歌いたい。思い通り歌えている声を聴くのは気持ちが良い。
お店のカラオケと同じように採点する機能を使うこともできる。音程だけではなくて細かな歌唱テクニックも評価してくれる。また自分の点数だけではなくて、ランキング形式で参加者の中で自分の点数が何位なのかも教えてくれる。曲によっては自分以外の参加者がいない場合があるが、それでも暫定1位として点数が出る。まさに自分との闘いだ。参加者が多い曲は流行りの曲が多い。同じくらいの点数の人数が多いから、歌い終わった感触が良くても順位はあまり上位でないことが少なくない。逆に言えば参加者が自分だけの曲よりは、順位が高くなった時にはとても楽しい。満足感も違ってくる。何度も歌いたくなってくる。
月額料金を払ってそのアプリを使っている。店に出かけていた時よりも数百円安い。しかも部屋代という概念がないし、飲み物は自分で用意することもできるし、良いか悪いかは別にして水道水を飲めば格安で楽しめることになる。スマホのマイクでは自分の声以外の生活音も拾ってしまうので、できれば静かな時間帯に歌うのが理想的だ。例えば洗濯機が動いている時とか、子どもの機嫌が悪くて泣いている時は自分の声に集中し辛いかもしれない。僕の場合はほとんど夕方に声を出している。昼寝を充分した後の息子は機嫌が良いことが多いし、僕が歌い出すとこちらを見てニヤついている。歌を聴くのが好きなのかどうかは定かではないが、時々威勢のいい声を出している。楽しんでくれているのなら何よりだ。
便利な反面、やっぱりマイクを握り締めて思い切り歌いたいという気持ちはずっとある。スマホの画面を見ながら、音程に合わせて上下に表示された横棒をなぞるように自分の声の音程が黄色く表されていく。音程がずれていなければ明るい黄色ときらきらのエフェクトが掛かるのだけど、外れていると薄い黄色になってエフェクトも地味な表現になる。音程を外さないようにと思うと、どうしても思い切って声を出せないことがある。外さなければ外さない程点数が高くなるであろうことは分かるが、外してでも気持ち良く歌いたい。でも自分がどれくらいの点数を獲得できるのかも知りたい。悩ましいところだけど、慣れると音程の横棒はあまり気にならなくなる。何度も繰り返していると音程を外すことが少なくなり、少しずつではあるけど気持ち良く歌えるようになっている。