駿河湾と雲丹
次に実家に帰省する時には、今よりも状況がかなり改善していてほしい。自分1人の力ではどうしようもない問題なのだけど、安心して皆が出かけられるように切に願っている。今日も7時過ぎに布団から出て、勝手口から外に出て雨戸を2枚開けた。障子があるから外の光が和らいで部屋に入ってくる。来た時と違って、今朝は最初から透き通った青空が見えていた。東京に着くまで気持ちよく走り切れそうな陽気だった。前日から始めた荷造りもほとんど終わっていて、後は着替えて目を覚まし出発するだけだった。父も母も今日は仕事の予定だけど、まだ家にいた。軽く朝食を食べて一息ついたら、車のエンジンを始動させて車内が暖まるのを待っていた。
一足先に母が出社するという。妻が抱き上げている息子の顔を見ながら、「また来てな」と頬を撫でながら声を震わせて言っている。母の目には涙が浮かんでいた。僕がそれを母に伝えると感極まったのか、泣き出してしまった。母がそんなに涙脆い人だとは思っていなかった。数日間同じ屋根の下で過ごすと、またしばらく会えなくなるということがとても辛くなるんだろう。東京で暮らすということは、両親にそういった寂しい思いを何度もさせることになるんだなと考えた。だからこそより一層僕は自由に限られた時間を謳歌しようと思う。いつかまた会えるということは誰も担保してくれるものではないと言った。でももし唯一それを担保してくれるものがあるとすれば、それは自分達がそうなると信じる気持ちなんだと思う。そして僕はそう信じている。
実家の敷地を出て大通りに出ようとしていた。正面から見覚えのある車がこちらに入って来ようとしている。運転席をよく見ると離れて住んでいる妹がそこに乗っていた。東京に出発する時間には家の用事で間に合いそうにないと前日に聞いていたから、まさか帰る前に会えるとは思っていなかった。車を後退させて再度実家の敷地内に戻る。妹も合流して息子の顔を見てくれた。彼が生まれる前から育児に必要な物や、衣類を譲ってくれていた。母と同じように車の窓越しに涙を流している。父に似てとても思いやりがあって優しい自慢の妹だ。その優しさはきっと僕が持ち合わせていない種類のもので、時々自分をいたわるということを忘れてしまう。自分にも優しくなっていいんだよ。今はそう伝えたい。
東京から来た道を帰りはそのまま逆に辿るだけ。行きは少し無理をして1人で運転したけど、明日は有給を取得しているからゆっくり帰ることができる。今日は風も強くないから、車が大きく振られることも少ない。ワイヤレスのスピーカーを助手席側のトレイに置いて音楽を聴き続けた。1000ccの普通車をレンタルしていたけど、2列目には日除けのシェードが備わっていた。最近の車には珍しくないことなのかもしれないけど、僕の感覚からすると高級車にしか付かない装備というイメージがある。晴れているのはありがたいのだけど、シェードを上げていないと陽射しがきつい。運転席にはそれが付いていないから余計に厳しかった。上着を着込んでいたけど、熱がこもって暑くなる。後ろのベビーシートで窮屈そうにしている息子にも太陽の光が漏れ届いていた。
三が日を避けた割にサービスエリアは賑わっていた。時間帯がちょうど昼時だったのも関係しているのかもしれない。駿河湾を望むヨーロッパ風の建物があるサービスエリアに立ち寄った。売店の奥にはフードコートがあって、その中に海鮮丼を専門で提供するお店を見つけた。駿河湾が近いからか新鮮で美味しそうに見えた。一般的なランチの値段を考えると割高感は否めないが、元々好物でもあるし頻繁に食べているわけではないから奮発することにした。この時期限定の海鮮丼を注文してテーブルに座る。小さな液晶画面の付いた端末を渡される。料理ができたらそれが知らせてくれるんだろう。外の景色を眺めていると、音と共に端末が振動して注文した品が準備できたことを教えてくれた。トレイの上の海鮮丼には雲丹が盛られていた。雲丹丼ではないのだけど、僕にはその雲丹が特別魅力的に見えた。海の味がした。海を食べている、という表現がしっくりくる感覚だった。
頭上に輝く太陽の光が、駿河湾の海面に射していた。海がぎらぎらと揺らめいている。人外の何かがそこを通る為だけに現れたような光の道ができていた。全ての物事を丸く治めることはできない。色々な思いを抱えながら、道が続く限り地に足を付けて進み続ける。