新東名、時速120km

 東京の街を車で颯爽と駆け抜けるにはある程度の慣れが必要だ。信号が多いし、それらの間隔も短い。アクセルに足を乗せて力を入れて気持ち良く加速し出したと思ったら、すぐに視界の上にある信号機が青から赤に変わりかけている。でもその点一般道と違って、高速道路はかなりいい。信号待ちをする代わりにETCのゲート手前で速度を落とすだけでいいし、渋滞にはまらない限り車が停車することはほとんどない。もちろん速度制限はあるから、どこまでもアクセルを踏み続けていられるわけではない。でも止まったりすぐに走り出したりを頻繁に繰り返す必要がないから、長時間でも車内で快適に過ごせることが多い。

 東京から脱出して高速道路を走っていた。約400kmの距離を走る間、ずっとハンドルを握り続けていた。手汗も次第に引いて、樹脂製のハンドルが手に馴染むようになっていた。教習所で教えられたハンドルの握り方を今でも車に乗り込む度に毎回思い出している。突っ張った時に肘が軽く曲がるくらいの位置で合わせる。マニュアル車の小型セダンを教習中は運転していて、検定の時に教習所の敷地から出る際に失格になりそうだった。その時点ではまだ検定が開始されていなかったが、助手席に乗る教官からは「検定が始まっていたら今のはアウトだったね」と言われて冷や汗をかいたのを覚えている。テクニックより何よりも安全運転が土台にあるというのは今も昔も変わっていない。

 目的地に近づくと次第に道の左右が開けてくる。横風が強くなり始めて車体が煽られているのがハンドルから伝わって来ていた。強めにハンドルを握り締めながら、ガラスの向こうの風の音を聞いていた。朝の曇り空は快晴の空になっていて、陽射しで車の中は暑かった。河川を跨ぐ橋をいくつも渡って目的地に着いた。夕方までに到着すれば上出来だと思っていたから、片道5時間と少しだったのには自分でも意外に思えた。途中で休憩しながらも頭はずっと冴えている状態で、どこまでも走っていけるんじゃないかという気さえした。そしてそれと同時に、いつまでも自分がハンドルを握って走り続けることなど出来はしないことも、身を持って理解していた。

 初めての道を5時間掛けた次の日は、もう2020年最後の1日だった。寝泊まりする部屋で一番最初に目に入ったのは、壁から手前に大きく飛び出した新しいエアコンだった。風向きを調整する板が手前と奥に一つずつ備わっていて、それだけで最新式だということが分かる。なぜ壁から出っ張っているのかはよく分からないが、冬で冷えるこの時期にはとてもありがたいことだ。対角線場の反対側の壁には加湿器も置いてあって、湿度を結構気にする自分としては嬉しい配慮だった。床全面にウレタンのマットが敷かれている。布団はその上だけど、その薄いウレタンで結構体感温度が変わってくる。東京の自宅でも同じように敷いているから身に染みて分かる。

 場所が変わったからと言って、息子の生活リズムまでは大きく変えたくない。夕方6時に風呂に入ることが早いか遅いかは別にして、極力東京にいる時と同じ時間帯に済ませたかった。ただでさえ環境が変わるのだから、なるべくそれ以外は普段通りに過ごしてほしいと思う。息子が寝静まった後に、妻と2人で夕飯を食べられるのは珍しい。スマホを寝ている息子の近くに三脚で固定し、ビデオ通話状態にしてリビングから別のスマホで様子を見ることにした。東京では部屋が少ないのでわざわざそんなことをする必要はないけど、実家にはいくつか部屋があるから試してみることにした。うまくいかなかったとしても、僕か妻が駆け付ければいいだけの話だ。

 息子は静かに眠ってくれている。寝っぱなしではないけど、少なくとも母が作ってくれた料理をゆっくりと味わうことはできた。テレビでは、もうすぐ紅白歌合戦が始まるとアナウンスされている。そう言えば去年は東京で紅白を見ていたっけ。勝ち負けを決める必要があるのか、とかどうでもいいことを考えていた気がする。見慣れないアーティストの合間に、毎年お馴染みの顔ぶれが登場する。今年は無観客で行っているそうだ。お客さんがいないのは舞台に立つ人間からするとやはり寂しいものだろうか。僕はただ画面越しに舞台上のパフォーマンスを見るだけだから何も感じないのだろうけど。

 2020年が終わる。日付が変わればもう2021年になっている。二度と2020年には戻れない。2020年がどんな1年だったとしても、朝目が開いて呼吸を続けているのなら、その日1日を生きるしかない。いや違うな。また新しい1日を生きられると思うことにしよう。オリンピックは開催されずにたくさんの人が苦しんだ1年だったと思うけど、それでも僕は最高の1年だったと言える。父親になって、いかに両親が苦労しながら笑顔を絶やさずに僕達に向き合い続けてくれていたのかを知れたから。そして2021年はもっと素晴らしい1年になると強く信じている。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

未分類

前の記事

遠足の前日、のような
未分類

次の記事

2021年、元旦