遠足の前日、のような

 身体は眠りたいと言っているのに、気持ちはずっと昂り続けていた。それは初めてのことではない。遠出をする時にはいつもこんな調子でいる。微かな記憶すらない程幼い頃に行った遠足の前日の夜。もしかしたら遠足の一番の楽しみは、遠足その物ではなくて一緒に持っていくお菓子を選ぶことかもしれない。僕が小学生だった頃は予算が500円だったと思う。予算と言ってはみたけど、明らかに500円以上するだろうと子どもでも分かるような内容のお菓子をリュックサックから取り出している同級生も少なくなかった。単価を抑えて点数を増やすか、量を減らしてでも希望するお菓子を購入するか。両親との駆け引きはあってないようなものだったから、ある程度は妥協するしかなかった。

 そして現在、外はまだ薄暗い下北沢。前日の仕事納め後に借りてきた車を近くの駐車場に停めていた。昨日から荷造りをし続けて、残りは当日の朝に目覚めてから積み込んで出発する予定だった。普段よりも1時間半くらい早く起きて洗面台の蛇口から出た白湯をコップに数杯飲んだ。内臓が微かに熱を持ったような心地がしている。鞄やスーツケースを閉じながら動いていると、少しずつ全身の血の巡りが早くなっていった。意識がはっきりしてくると車で走り出したい気持ちが増してくる。眠っている妻と息子を起こさずに、部屋のカーテンも開けずに2人が目を覚ますのを待っていた。

 目的地までの道はカーナビで設定済みだ。距離にして約400kmになる。今までそんな長い距離を自分で運転したことはなかったし、通る道も初めてだ。車を運転するのは苦にはならない。運転席以外に座るのはあまり好きではない。できる限り自分がずっとハンドルを握っていたいと思ってはいるけど、体力は無限ではないのだから休憩しながら走ることになるだろう。荷物を車に積み込む為に家と駐車場を数往復する短い間に、すっかり夜は明けてしまっていた。駐車料金の支払いを済ませたら、暖房の効いた車内に再び乗り込んで車を動かし始める。

 1ヶ月以上前に電話で予約していた。走っている途中に雪が降り出すかもしれないと、数日前の天気予報を確認しながら考えていた。スタッドレスタイヤはオプション扱いになるから、その装備の為に追加の料金が加算されている。約8万円を払って400km弱の道のりを車内で過ごすのだ。頻繁に寄り道をしなくて済むように事前にスーパーでペットボトルの飲料を買い込んだ。ビニール袋に詰まったそれらは助手席に収まっている。人間は誰もそこに座っていないのに、荷物の重さの為なのかシートベルト未装着を知らせるセンサーと音が鳴り続けている。決して大きな音ではないのだけど、切れ目なく響き続けているから徐々に耳障りになってくる。荷物を移動させるとセンサーの表示が消えて音も鳴り止んだ。

 一般道から高速道路の入り口へ向かう。紫色の案内表示にはETCと書かれている。速度を落としながらゲートに入っていく。赤と白の縞模様のゲートは水平の位置で固まっている。ブレーキを踏んではいるけど、決して車の動きを止めることなくゲートに近付いていく。縞模様のバーが開かなければ、数秒経たずにフロントガラスがバーに当たってしまう予感がしたタイミングで素早くそれらが開いた。そう言えば以前家族で出かけた時に、横たわったままのバーに車がぶつかったことがあった。ETCカードは問題なく差されていたから、こちら側の落ち度はなかったはずだけど、柔らかい素材で作られたバーが車に当たる時のボスッという鈍い音が忘れられない。何事もなく通過できるはずの場所でそうならないのだから、本来は感情的になっても不思議ではないのだけど、思い出し笑いが出るほどおかしな出来事だった。

 雪が降ることはないと事前に聞いていた。晴れるとも思っていなかったけど、スタッドレスタイヤを装備しているのだから目的地までは問題なく到着できるだろうと思っていた。雪になる程の寒さではないが、雲が厚く小雨が断続的に続いていた。前の車が巻き上げた飛沫も混じって、時折視界が極端に悪くなる。道の両端と前の車両の明かりを見失わないように目を凝らしながら、ひたすら西に向かって走り続けた。もう目的地までと言わずに、どこまでも走り続けていたかった。そして徐々に雲が薄くなり、太陽の光が漏れ空の青が見えるようになっていた。太陽の光は暖かく、空はどこまでも青く澄んでいた。

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