最後の1本

 まだ本格的に暑くなる前から、年1回の健康診断を受診するよう案内が来ていた。コロナがあるからと申し込みをせずにいたら、いつの間にか年末がもうすぐそこまで迫っていた。今のところ自分の健康に大きな不安はないが、調べてもらえるのなら受けたい気持ちはもちろんある。11月の仮住まいだった期間に、やっと重い腰を上げて健康診断の申し込みをした。事前に言われていたことではあるけど、今年の申し込みは予約が早く埋まってしまうとのことだった。実際に僕が申し込んだ時には、空いている時間帯がほとんどなくて池袋まで出かけることになった。

 ここ数年は新宿まで行って健康診断を受けていた。下北沢から近いし、終わった後に寄り道できる場所がいくつかあるからだ。ただ今年はそのちょっとした寄り道でさえ神経を使うことになるとは想像していなかった。と言うか、むしろ寄り道をしようと思うこと自体が無くなったというのが感覚的には近い。電車の時間をアプリで調べる。所要時間が一番短く、かつ極力人の少ない駅や電車を使えるルートはないかと考える。健康診断の開始時間は午後だ。通勤時間帯は何とか避けられそうだ。地下鉄に乗ろうと最寄り駅から電車に乗ったのだけど、久しぶりの渋谷駅は通路が変わっていて、結局山の手線に乗り込んだ。

 思っていたよりも電車内は混雑していなかった。座席近くの窓の上部も換気の為に少し空いていたし、特別空気が悪いという感覚もなかった。左右に余裕を持って座れる場所は見当たらなかったので、出入り口近くで立っていることにした。渋谷を出発して池袋までイヤホンで音楽を聴きながら電車内で過ごす。久しぶりに降り立った池袋駅。更にそこから乗り換えて東池袋駅まで向かった。地上に出るとそこは首都高速道路のほぼ真下だった。スマホを取り出して目的地の方向を確かめる。信号が赤の間に地図を確認して歩き出した。

 大きな通りを池袋駅方面へ向かえば目的地に着けそうだった。そして地図をよく見ると、行きたかったその場所はどちらかと言うと池袋駅の方が近いことが分かる。来年になればおそらくまた健康診断の案内が来るだろうけど、できれば池袋ではなくて近場で受診できればと思う。少なくとも今年よりは気兼ねなく出かけられるようになっていて欲しい。そう願っているのは僕だけではないとは思うけれど。到着した後は上着をTシャツに着替えて順番を待っていた。僕は相変わらず注射が苦手だ。自分の番号を呼んでいるスタッフさんの声が聞こえ辛くて、何度目かでやっと気付いて採血をしてもらった。

 右腕を台の上に差し出す。血管の位置を確認された後、間もなく針が刺さった。やはり最初は痛い。気のせいかもしれないがいつもより痛く感じた。でもその後はひたすらじっとしているだけで、終わるのを待つだけだった。「ラスト1本です。」と声を掛けられ我に返った。前日の夕飯を最後に半日以上水以外を口にしていなかった僕は、コンビニでゼリー飲料を買った。外は日が暮れ掛けていて、駅に向かって人々が早足に歩き続けていた。僕もその中に交じって歩き続けた。電車には乗らず家まで飛んで行きたかったのだけど、腹を満たしていない今の僕にはそれは到底為し得ないことだった。

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