いちごジャム

 幼い頃に僕が食べていた朝食は、トースターで焼いた食パンと目玉焼きがほとんどだった。もしくは焼いた食パンにハムを挟んで簡単なサンドイッチにして食べたりもしていた。飲み物は牛乳かコーヒー牛乳。ちなみにコーヒー牛乳はいわゆるカフェオレと同じ飲み物だと今でも思っているが、もしかしたら違うのかもしれない。炊いたご飯が出てくることはあまりなかったけど、朝は昼や夜ほどたくさん食べられなかったから、パンでちょうどよかった。マーガリンという選択肢もあったけど、いちごジャムを薄めに塗って食べるのが気に入っていた。

 今は頻繁にジャムを食べるかと問われて、僕が首を縦に振ることはない。実家を出て一人暮らしをするようになってからは、特に口にする機会が激減している。色々な材料で作られたジャムがスーパーに行けば並んでいるが、僕は甘過ぎる物が好きではない。いちごジャムよりも実はマーマレードなんかの柑橘系の果物を使った物が本当は食べたかった。ただ家族の人数が多いとどうしても好みは別れる。一人一人に合わせてジャムを買うことはしていなかったから、妥協せざるを得なかった。全体的にはいちごジャムを僕の家族は好んでいたということだ。

 何を思ったのか、自分でいちごジャムを手作りしようとしたこともあった。大学進学で初めての一人暮らし。自炊をしようと考え何から始めればいいかと悩んだ。当時の僕の大学生のイメージは、朝は余裕を持って目覚めて食パンをかじりながら支度をして自転車で出かけるというものだった。そして食パンをそのまま食べるのも味気がないから、ジャムを作ればいいじゃないかとなったのだ。暮らしていた部屋からすぐのスーパーに行って、値引きされたいちごを1パック買った。ろくにレシピも調べずに、いちごを煮詰めればジャムになるだろうくらいの軽い気持ちで鍋に火を付けた。

 鍋には少しだけ水を入れて、買ってきたいちごを洗ってそのまま入れた。そしてジャムと言えば材料がどろどろに溶けているイメージだったから、スプーンか何かでひたすらいちごを潰し続けた。結果から言うと思っていたようないちごジャムにはならず、ただいちごを潰して温めただけの物になってしまった。念の為に食パンに乗せて食べてみた。案の定美味しいとは言えなかった。不味いわけではなかったが、少なくともそれはジャムではなかった。いちごの甘さだけでは、ジャムのようなとろみを出すのはほぼ不可能だということだけが唯一の収穫だった。

 思い立ってやってみようとなってからの動きが、当時は比較的早かったなとジャムの出来よりも印象強く蘇る。大人になるにつれて、動く時間よりも考える時間が増えているような気がする。でもそれを自覚している間はまだ行動できると信じている。一見不毛にも思える貴重で甘酸っぱいあの頃を、いちごジャムの瓶を見つけて思い出す。

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