血豆でも
青いヨガマットを床に敷いて、その上に両方の手の平を付く。背中にはペットボトルの詰まったリュックサックの重さがのしかかっている。短く呼吸を整えたら、脇を締めたままゆっくりと肘を曲げていく。上腕裏側の筋肉が強制的に伸ばされているのがはっきりと感じられる。呼吸は極力止めない。呼吸は止めたくないが、重力によってヨガマットに向かって引き寄せられるように曲がり続ける肘の動きは止めたい。止めたいと頭で思っていても、少しずつ肘を伸ばす力は無くなっていき、最終的にはべったりとヨガマットに胸を付くことになる。
ヨガマット越しに床を押している手の平は、付け根の小指側の皮膚が硬くなっている。それ自体は初めてのことではない。筋トレを中断して再開する度に同じ場所が同じように変化していた。だから今回も同じだろうと考えていた。1回目だけは毎回痛みを感じているが、それ以降はほとんど感じない状態で回数を重ねている。汗をかきながらやっているから、硬くなったその部分も多少水分を吸って柔軟性を取り戻す。その状態で更に力が加わることで、強い刺激を与えることになるんだろう。
手の平を見ると、硬くなっていた皮膚の色が赤っぽくなっている。内出血しているようだ。おそらくそれを血豆と言うのだろう。自分の手にそれができたのを見るのは初めてのことだ。血豆というと、もっと壮絶な痛みや苦しみがあって、腕立て伏せなど1回だって満足にできないだろうと予想していたけど、程度の差こそあれ自分の場合は大した状態ではなかった。腕も動くしヨガマットに付いた手が激しく痛むこともないので、そのままトレーニングを続行した。
腕立て伏せの後半になると手汗で滑りやすくなる。ヨガマットに置いた手にも力が入りにくくなる。そこで途中からヨガマットの上にハンカチを、手の平を付く場所に合わせて敷いている。これで手汗も少し吸われるし、滑りにくくなって最後までしっかり力を入れてトレーニングを終えることができている。1回終わるごとに血豆の様子を確認する。出血の量が増えているのか、豆が少し大きくなっていた。痛みの感覚は変わっていない。またそのまま次の回へ進んでいった。
ハンカチの上に手を乗せる。もうかなり上腕を追い込んでいるはずだから、耐えられる時間は長くはないだろう。だからといって残り少ない持久力が急激に底を尽きる惰性に飲まれてしまってはいけない。次の1回が終わったら、もうしばらく腕が上がらないくらいの勢いで耐え続ける。腹筋に力を入れていても、身体は細かく震えている。歯を食いしばらないように意識しながら、一方ではぎりぎりのところで胸がヨガマットに付いてしまうのを防ごうと耐えている。筋肉よりも先に精神的にあきらめてしまわないように、祈るような気持ちで力を入れ続けた。
トレーニングの間に血豆が潰れてしまい、置いていたハンカチの一点が薄い赤で染まった。上腕全体が張っていた。もっと赤く濃い血が、その中を駆け抜けながら満たしている。