夜明け前
布団の足元にはネットで買った月の形をした模型がある。それはコンセントと繋いでスイッチを入れると光るので、間接照明として使っている。床に転がっているから、眩しくて寝られないということは全くない。表面に軽く衝撃を与えると、その度ごとに色を変えていく。白、赤、紫そしてオレンジ色といった具合に。目が覚めたばかりでそれをぼんやりと眺めながら、布団の中で何度か身体を伸ばしてゆっくりと立ち上がった。カーテンの隙間からはまだ何の光も漏れていなかった。
その月以外は、部屋の照明はいつも寝る前にスイッチを全部切っている。備え付けられた紐を極力音を立てないように引いて、仕切りのロールカーテンを床から30cmくらいの高さまで下げた。これで眠っている妻と息子に照明の光が届かず、起こさずに過ごせる。次に向かったのは風呂場だ。入り口の扉を静かに閉めてお湯を出す。少しだけ待つと湯気が立ち込めるので、全裸になってシャワーを浴びる。さすがにシャワーは無音では浴びられないので、普段通りに頭を洗っている。暖房を付けた室内とは言っても、12月は家の中でも涼しく感じる。ドライヤーで髪を乾かしたいけど、タオルでなるべく水分を取るようにしている。
ロールカーテンの向こうで、もそもそと動いている小さな2本の足が見えた。でもまだ目覚めていないようだから、このまま準備を続けることにする。プラスチックのケースの中にペットボトルが8本入っている。ケースの蓋もうっかりすると開けるときに大きな音がするので気を付けなければならない。両手で持って慎重に開けたら、中のペットボトルを取り出す。持ち上げる時に他のペットボトルに当たったり凹んだりすると音が鳴るので、両手に1本ずつキャップの所を持って運び出す。洗面台の前にリュックサックが置いてあるので、そこまで持っていく。
リュックサックにペットボトルを詰めたいが、チャックで閉じられている。勢いよくジッパーを引くとこれもまた音が鳴ってしまうので、強く引かずに最小限の動きでゆっくりと開ける。無音にはならないが、ジッパー独特の連続音はかなり小さくなっているはずだ。リュックサック内のスペースには少しきつめに収納するので、ペットボトル同士が擦れるのは避けられない。ボトルのラベルがくしゃっとなる音もするし、べこべこと僅かに凹む音もしている。風呂場と洗面台への扉は閉めてあるので、その音で起きることはないとは思うが、音が出る度に気になってしまう。
青いヨガマットを幅広のハンガーから取り外して床に広げる。そしてペットボトルがぎちぎちに詰まったリュックサックをひとまず壁に立てかけておく。コップ2つに水を入れて手の届く場所に置いたら、スマホのストップウォッチの画面を開く。軽めのストレッチをしながら気分を高めたら、リュックサックを背負って腕立てを始める。カーテンの隙間が少しだけ白んで来たが、まだ太陽の光が届かない早朝の日課だ。