フィクション

 誰かの足で踏み付けにされたのは、後にも先にもあの時だけだった。自分の身に一体何が起こっているのかよく分からないまま、ただ周りが騒然としているだけ。彼は何も言わずにその場を立ち去っていく。追いかけて何か言い返すべきだったのかもしれない。でも何を言えばいいのだろう。喧嘩にもならない一方的な行為だと思うが、何も心当たりがないわけではない。でも踏み付けることはないだろう。最初から言葉はいらないという態度でいるのなら、自分の拳が飛んでも文句は言えない。

 気になっていたあの子を誘った。連絡先を渡して何度かメールのやり取りをする。そして休日に一緒に出かけることになった。嬉しいはずなのに、僕には不安しかなかった。2人になれると思っていたのに、別の男も付き添うことになったのだ。当日になって行く気が失せてしまったが、ドタキャンはまずいと友人に促され渋々会いに出かけた。当然相手からしたら理解不能な行動だっただろう。細かいことまでは覚えていないが、自分から声をかけておいて急に心変わりした理由を一応は話したと思う。

 その後はもちろん、僕が彼女と行動を共にすることはなく、付き添ってくれた友人とご飯を食べに行った。僕はやけになっていつも以上に量を食べたが、食べ過ぎて苦しくなってしまった。自分がやけになっても仕方ないのに、食べ放題だから元を取ると意気込んだが身体が付いてこなかった。結局僕はトイレにかなりの時間閉じこもることになって、友人を待たせてしまうことになる。彼らはそれでも文句を言わずに、冗談を言いながら励ましてくれた。それは帰宅する途中の暗い夜道で別れる時まで続いていた。

 次の日に教室に出向くと何かいつもと様子が違う。昨日のことが知れ渡っているようだったが、もうどうしようもない。僕は極力いつも通り過ごそうと努めた。授業が始まって終わるのを繰り返しながら下校時間が近付く。体育の授業だったと思う。着替えの途中で胸ぐらを掴まれ、突き飛ばされて床に倒れた。そして起き上がる間もなく、上履きを吐いた彼の靴の裏が胸の上に落ちてきた。彼が憤慨している理由は正直分からなかった。ただ前日出かけた時にいたらしく、そのことが何か関係しているんだろうとその時は思っていた。

 根に持っているのではない。根に持つ理由などない。僕自身が自分に正直でなかったというだけの話だ。同意する言葉を吐いてはいても、顔の表情は本心を語っていた。言葉は偽物で、本当の気持ちは言葉とは真逆の方向にいて、誰にも気付かれないように息を潜めていた。思い出したくはない苦い思い出。それを理由に欠席したいと自分で学校に電話もしたっけ。担任の先生はどう思っていたんだろう。無理しても学校に来させようとする先生ではなかった。何かあると話を聞いてくれた。ただの上澄みではない、本物の言葉を教えてくれたのも先生だった。当時の僕にはすんなりとは理解できなかったけれど。もう本物だけあれば、それだけでいい。

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