本当に恐いもの

 自分に変えられるのは、自分自身だけ。頭ではわかっていても、ついつい他人の言動が気になる。大抵の場合、自分の行いが正しいと思っているから、他人がそれとは違う言動をしていると比較してあれこれと否定したくなることがある。自分だって完璧な人間ではなく、いつでも胸を張っていられるように生活できているかと言われたら困ってしまう。本当は自分の夢や目標を叶える為に使えたはずの時間を浪費して、後で後悔することになる。

 情報が簡単に手に入る時代になった。情報が手に入るのは当たり前で、その使い方が問われているように思う。スマホやタブレット、パソコンがあれば短時間で自分の知りたいことは調べられるようになった。SNSが普及することで、憧れだった芸能人のプライベートに迫るような情報を共有したり、友人や家族間のコミュニケーションの形も変わりつつある。

 もちろん情報は正確な物もあればそうでないものもある。SNSでの誹謗中傷を伴う書込みがあったり、嘘の情報を流して混乱を招いたりすることもある。耳を塞ぎたくなるようなことだってどこかで起こっている。犯罪、災害、感染症の拡大など不安を煽られることは実際に起こり得る。正しい情報を適切に得られれば、僕達は不安を少しでも和らげる為に行動し準備することができる。事実は事実として受け入れて、自分達ができることに尽力できる。専門家でもないのにえらそうなことを言うが、いつだって真実を知りたいと思う。

 不安というのは厄介な気持ちだ。行動しようとする足を止めてしまうし、気分も落ち込む。自分だけならまだしも、周りの人にも辛くあたりがちになる。ずっと不安でいるわけではもちろんない。大抵はとても前向きで落ち着いていられる。仕事で思い通りにいかないことがあったりすると、沈んだ気分をそのまま引きずって帰宅する。自分でいうのも何だが、とても正直な性格なので平気な振りをしてもすぐに他の人からわかってしまう。そんな時は周りからは声をかけづらい雰囲気になっているだろう。

 ただ、悪いことばかりではない。負の感情は、場合によってはエネルギーになることもある。自分の中のもやもやを力にかえるイメージで勢いをつけることができる。特に筋トレ中にしんどくなってくると、自分以外の誰かがどこかで努力を続けていることを想像している。その想像上のライバル以上に自分を追い込む意識で取り組む。もしくは、腕組みをした理想の自分にまっすぐ見下ろされている状況を想う。限界はそんなものかと問いかけてくる。

 僕が本当に恐れているのは、必要以上に疑心暗鬼になって大切なものを見極める目を曇らせることだ。

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I really want it that way.