肩幅と湯船

 服を脱いで用を足した。布切れ一枚まとっていない僕は、風呂場のドアを開けて蛇口を捻る。最初に色褪せた薄いオレンジの印が付いている方から熱湯が出てくる。とても熱いからそのままシャワーを浴びることは、少なくとも僕には不可能だ。今度はすぐ隣にある薄い水色の蛇口を捻って冷たい水を出す。配管を通ってくる水の気配は一切感じない。たださっきまで熱湯だったシャワーの温度がかなり下がっているということだけは疑いようがなかった。ほんの少しずつだけ蛇口を開けたり閉じたりしながら、少し熱めのお湯にして身体にかけ始める。

 シャワーとカランの切り替えレバーは、目一杯シャワーの方に捻ってある。それにも関わらず少しだけカランの蛇口から水が流れ続けていた。僕はもう一度レバーをシャワー側に強く捻った。すると何事もなかったかのように水が止まり、シャワーから勢いよく出てくるお湯の音だけが鳴り響いていた。ポンプを押してシャンプーを手に取って頭に乗せる。指の腹で頭皮をマッサージするように泡立てながら洗い始めた。僕は以前シャンプーを1回の入浴で2回使っていたのだけど、洗い過ぎは良くないと聞いていたし、朝起きた時にもシャワーを浴びているから最近はほとんど1回で済ませている。

 僕が何回シャンプーしているかに興味を持っている人などいないかもしれない。でもシャンプーの回数について話をしたいわけではないから、シャンプーという言葉はもう使わないでおく。お湯で泡を流したら前髪の水滴を手で払って、風呂場の入り口ドアを開ける。この後すぐに息子と風呂に入ることになっていて、僕が毎回先にシャワーを浴びた後に連れてきてもらっている。むちむちの裸姿で連れてこられた息子を抱き受けて、風呂場の床に座った。ガーゼをお湯に浸して息子の身体に何度もかける。シャワーの水圧は強いかもしれないから、まずはガーゼを使って慣れさせている。

 いつも顔を拭いて、頭から下半身に向かって順番に洗っているのだけど、なぜか今日はあまり機嫌が良くなさそうだった。まだ頭も濡らしていないのに、もうぐずり出している。今更中断するわけにもいかないので、ささっと終わらせようと思った。身体を洗い進める前に頭を倒してお湯をかけたのだけど、細かな水滴が顔に付いたからか声をあげ出した。そしてどんどんその声は大きくなって泣き出してしまった。ガーゼで顔の水滴を拭ったら、そのまま身体を泡で洗ってシャワーで流し浴槽に浸かった。風呂が嫌いではないと思っているけど、湯船に浸かっても様子は変わらず泣き続けていた。お世辞にも自宅の浴槽は広いとは言えず、僕の肩幅と浴槽の幅がほぼ同じ寸法だ。片腕で息子を抱いて、反対の腕で窮屈な浴槽の中の自分の身体を押し上げる。

 結果的にはいつもと同じくらいの時間に寝てくれたから良かったが、機嫌が悪かった原因はよく分からなかった。いつもと違うことをしたわけではないと思う。そういう日もあるよなと彼の寝顔を見ながら、羽毛布団に包まって目を閉じた。

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