ただの人間
布団の下には除湿シートが敷いてある。先日の漏水工事が完了した後は、以前ほど湿度が高くなっていない。漏水が止まったことが直接の原因なのかは何とも言えない。ただやはり水が漏れていたのなら、多かれ少なかれ湿気の有無には影響していたんだと思わざるを得ない。加湿空気清浄機のデジタル表示された湿度の数字が、今日も青白く光っていた。わざわざ葛飾の家電量販店まで出かけて、真夏の暑い時期に梱包箱に入った10kgは余裕であるはずのそれを、電車に乗って持ち帰ってきた。ちなみにまだ一度も加湿用のタンクに水は入れていない。
寒さは一層厳しくなるのに、毎朝起きると少し汗ばんでいる。Tシャツと短パンで寝ているのにだ。試しにスエットの上下を着込んで寝た日も、結果は同じだった。布団を被ると確かに気持ちは良いのだけど、熱が籠りすぎて暑くなってしまう。布団の長さが、横になって寝た爪先の少しだけ向こうだから、足がはみ出してしまうこともある。布団を床からほんの少しだけ浮かせられたら、もう少し快適に過ごせるかもしれない。でもベッドフレームとマットレスはとっくに処分していた。
父から林檎が届いた。段ボールに貼られたビニールテープに、はさみで切れ込みを入れる。事前に何個欲しいかと聞かれたから、20個くらいと答えていた。箱の大きさから推定すると、おそらく隣り合わせにして希望した数が並んでいるかもしれない。そんな想像をしながら箱を開いた。初めて嗅ぐような、遠い昔に嗅いだ記憶もあるような香りだった。箱が開いたと同時にそれはゆっくりと漏れ出して、もうその甘酸っぱい果実を頬張ったような心地になっていた。すぐにでも食べたかったが、夕飯ができていたので後で食べる為に冷蔵庫に2個入れて冷やしておいた。
夕飯を食べている際中に、必ずと言っていいほど息子が泣き声をあげる。中々妻と2人で最後まで一緒に夕飯を食べ切れることはない。どちらかが抱っこして眠らせて、あるいは眠らないで泣き続けて、落ち着いたら残りを食べ始める。僕が先に食べ始めて、食べ終わるのも先のことが多い。本当は一緒に食べ始めたいと強く思っているけど、親子3人で同じ物を食べられるわけではないし、辛抱するしかない。そうは分かっていても、いつだってそう思える余裕があるわけでもない。未だに取り乱してしまって情けないと思うことが多々ある。
機嫌が悪い僕も、そうではない僕もきっと彼は何となく雰囲気で感じ取っているんだろう。大きくなってネガティブな父親の姿ばかりを思い出させたくはない。でも完璧な父親にもなれないかもしれない。理想と現実のギャップに苦しんでいるのは自分だけではないはずだ。完璧な人間などいないということは、今よりより良い人間になろうとする意志を放棄する理由にはならない。そう自分に強く何度でも言い聞かせて、今日も腕の中で微かな寝息を立てる息子の横顔を見つめている。