林檎

 大きくもなく小さくもない果実。甘いと酸っぱいで言えば、少し甘いよりではあるけど後味はすっきりしている。包丁を入れると周囲の果肉よりも色が濃くて半透明をした蜜が詰まっている。食感は他の果物と比べるとやや固めと言える。そして信州に住んでいた祖父母の家を家族で訪れた時には、必ずそれが出迎えてくれる。それが僕にとっての林檎だ。りんご、と平仮名で書いた方が見慣れているかもしれない。けど敢えて漢字で書いてみると、実際のそれとは違ってかなり渋い印象だ。

 本格的な寒さが訪れるこの時季には、何かしらの方法で毎年りんごを食べている。近所のスーパーに行けば何種類ものりんごが並んでいる。品種の名前を聞くのが初めてという物も珍しくない。赤い物だけでなく、黄緑色をした物も見られる。それだけたくさん種類があっても、僕はほとんど同じ品種の物しか選ばない。ふじりんごだ。食べ比べを本格的にしたわけではない。ただ小さい頃から祖父母の家や、実家に贈られてくるふじりんごを食べ親しんでいたという理由だ。

 段ボールの底が見えないくらいのりんごが置いてあったから、毎回皮を向いて食べるのが煩わしくなって、最終的には軽く洗ってそのまま齧っていた。包丁で切り分けたとしても、僕は皮付きの方が好きだ。果肉と皮の間にこそ本当の旨味が詰まっていると思い込んでいる。そのりんごが今年は実家から届くことになっている。実家がりんごの産地というわけではなくて、これは謂わゆる父からの気の利いた贈り物と言えばいいだろうか。本当はもっと早く送ってもらうこともできたのだけど、仮住まいの期間と重なってしまっていたので今週末の到着になりそうだ。

 離乳食を始めて既に数週間が経った息子。最近は寝返りで失敗することも少なくなった。昆布と鰹の出汁と、緩めのお粥を食べさせている。便の匂いも少し変化している気がする。それがどんな匂いなのかの説明は省かせてもらう。後は想像にお任せする。果物はまだ食べていないので、届いたりんごが食べられたらと思っている。好き嫌いせずにとは言うけど、やはり食の好みというのは大なり小なりあるものだ。りんごが嫌いと言う人に僕は今まで会ったことはないけど、もしかしたらあまり好んでくれないかもしれない。僕自身も時々りんごのジュースを紙パック入りで買うけど、やはりそれとは別物だ。

 箱を開けた時の爽やかな甘い匂い。僕がいつも思い出すのは厳しい冬ではなくて、もうこの世にはいない祖父母と過ごした日々のことだ。畑の土の中に潜んでいたかぶとむしの幼虫をもらって帰り、実家で卵まで帰した。短い間だったけど、実家で一緒に暮らした時間。僕の名前を呼ぶことはなかったけど、最後は優しく微笑んでくれた祖母。「育ててくれてありがとうな」と祖母の横で涙する父は、母親をじっと見つめる幼い少年の姿だった。林檎の季節に思い出す。甘酸っぱい記憶の断片。

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