肩車
僕がまだ子どもの頃、父が仕事から帰ってきた時に必ずやっていたことがある。父の車が庭に入ってきて砂利を踏み付ける音がリビングのカーテンの向こうから聞こえると、皆が手を止めて玄関に走って移動する。そして横一列に並んで正座で座り、父が玄関の扉を開けるのを待つのだ。ガラガラという音と共に姿が見えて、一斉に「お帰りなさいっ!」と叫んだ後、順番に抱っこしてもらっていた。亭主関白だからというわけではない。そんな風習に乗っ取ったのでは全くなく、純粋な親子のスキンシップだった。抱っこをしてもらうのを楽しみにしていたあの頃の僕も、今は父親になって半年が経っている。
今の僕の状況を考えると、息子にお帰りの抱っこをすることはしばらくなさそうだ。第一に僕は現在会社に出勤せず、在宅のまま働いている。ほぼ24時間一緒にいるからだ。用事で外出する時があっても、可能であれば親子3人で出かけているし、当時の父が働いていた時間と同じくらいひとりで外出することはない。だから1日中どこかで働いて、やっと帰宅して息子の顔を見れる、みたいな状況は本当に少ない。でも24時間一緒にいたって、抱っこはいつだってしたいと思っている。いつかそうさせてくれなくなる時が必ず来ると思うから。
パソコンのキーボードを叩く手を止めて、息子の様子を見ている。ウレタンマットの上に寝かせていると、頻繁に自分で身体を捻っている。まだ完全には寝返りしていないようだが、首はもう座っている。僕は思い立って息子の両脇を抱えた。そして鏡の前に立って、腕を伸ばして息子を自分の首の後ろに座らせてみた。肩車だ。彼はまだ上半身を自分では支えられない。だから僕が脇の下に手を入れて支えている。どんな表情をしているかと思って鏡を見ると、なぜか僕の頭のてっぺんを覗いていた。僕はつむじが2個あるらしいが、その渦を不思議がって見ていたのかもしれない。
肩車をしたままスクワットをしてみた。つま先と膝を同じ方向に向けたら、ゆっくりとお尻を下げる。膝がつま先よりも前に出ないように注意しながら、太もも周りの筋肉に負荷が掛かっているのを感じる。肩の上の彼の体重は約9kg。そしてそれはこれからも増え続ける。だからこの運動を繰り返して、彼の体重を軽く感じる日が来ることはないかもしれない。僕の腰が先に根を上げてしまうかもしれないので、やり過ぎないように気を付けよう。男の子はダイナミックな動きで遊ぶのがいいとどこかで聞いた。女の子だって大胆な動きで遊ぶのが好きな子もいるから、その説にどんな根拠があるのかは分からない。ただ少しでも長く付き合えるように身体を鍛え続けたい。
どんな景色が見えている?それ以上高い場所には僕は君を連れては行けない。自分で見たい景色があるのなら、自分の脚で見つけに行けばいい。最高だと思える場所を見つけたのなら、いつか父さんと母さんにも見せてくれたら嬉しい。