決めるのは

 その部屋の鍵を開けるのは今日が最後だ。入ってすぐ左手の壁にあるスイッチを入れて明かりを付ける。右手にキッチンがあって、奥にもう一部屋ある。部屋同士を繋ぐ通路の右側には、久しぶりに動かして移動してあったドラム式の洗濯機が置いてある。初めて今の住まいに引っ越して来た時には、それを2人で持ち上げながら階段を昇ったが、一歩間違えれば腰をやっていたか怪我をしていたかもしれない。それぐらい持ちにくく重量がかなりあった。そして今、洗濯機の上にはゴム製の台座と一緒に一枚の葉書が置いてあった。

 前回荷物を移動させた時に、引っ越し業者に記入して返送するように頼まれたものだった。僕はただのアンケートだろうと思ってそのままそこに放置していた。その葉書が何か今後の生活に影響があるとはどうしても思えなかったし、そこまで気が回らなかったというのが正直な気持ちだ。今日は午前中の早い時間帯に、再度引っ越し業者が訪ねてきて荷物の移動をお願いする予定になっている。11月の朝はかなり肌寒い。身体がほとんど温まっていないままで、仮住まいの家からベビーカーを押して出掛けた。

 業者が来る前に細かな荷物だけでも移動しておこうと思った。荷解きまで事前に依頼してあったが、それでもやはり住人でない人達が元通りに家財道具を設置するは難しいだろう。大きな家具なら比較的分かりやすいかも知れないが、細かな物は場所に拘っていたり出来るだけ他人に触って欲しくない物もある。時間的に余裕があるわけではないし、自分達の負担を少しでも軽くする為に頼んだのだから、やり過ぎないようにしながらも食器や調理道具はほとんど運び終えてしまった。

 そうこうしているうちに呼び出し音が聞こえた。てっきり元々住んでいた部屋の方で呼び出し音が鳴るのかと思っていたら、その隣の僕が作業をしていた部屋の番号を押したようだった。部屋を出て階段を降りると、ドアの向こうに制服を来た若い男性が待っていた。僕はドアを直接開けて挨拶を済ませ、荷物の置いてある部屋へ案内する。すぐ隣の部屋に荷物を移動して欲しいことを伝えると、彼は早速養生を施し始めた。部屋のドアを閉じないように固定し、荷物が通るであろう通路の両側の壁をボードで覆った。作業員がもうひとり来ると言うので、作業が始まるのを待っていた。

 今回も前回と同じように順調に荷物は次々と運ばれていく。可能な限り元の場所に戻してもらうように口頭で指示はしたけど、完璧には戻らない。家の荷物を一旦全て別の場所に移すことは、引っ越しでもない限り自分達だけで行うのは大変だ。自分達の部屋は物が少ない方だと思っていたけど、意外とまだまだ不要な物があることも発見できたから良かった。作業が一通り終わって領収書をもらった後に、前回と同じように葉書の返送を依頼された。前回の葉書を失くしてしまったと伝えると、前回分も含めて2枚を渡された。どうやら彼らにとってはその葉書の返送有無も評価に影響するとのことだった。

 最終的に葉書を送るか送らないかを決めるのは僕ら自身だ。そして依頼した作業内容に満足しているかどうかと、葉書の返送有無に何か因果関係があるのだろうか。僕は今回とても丁寧に作業してもらったと思っている。葉書を送り返していないから、評価していないと思われるのはあまり気持ちが良くない。作業してくれた彼らの仕事が、葉書1枚で左右されるのも腑に落ちない。僕が腑に落ちるか落ちないかということこそ、一番意味のないことなのかもしれないが。

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