枯れ葉を浴びて

 吉祥寺に用事があって電車に乗る。急行列車の車内は、適度に暖房が効いて本格的な寒さの到来を教えてくれているようだった。吉祥寺の先には駅はもうない。そう言えば昔、吉祥寺駅の駅員に「吉祥寺はどこですか?」と訪ねて不思議な顔をされたのを思い出した。空はどんよりと曇っていて太陽の光はどこにも見つけられなかった。ベビーカーを押しながら街を歩いている。デリバリーサービスの運搬ケースを担いだ自転車乗りが、行き交う人々の背に向かって「歩行者天国じゃねぇぞ!」と叫んでいた。通行人のマナーがどうであれ、僕はそんな乱暴な人間に食べ物を届けて貰いたくはない。

 用事を済ませたら井の頭公園に向かって歩き出す。途中で昼食をテイクアウトできる店を探し、公園内で食べる為に2人分の食事を手に入れた。吉祥寺駅の裏手を少し歩くと、趣のある街並みが見えてくる。京都には片手の指でも余るくらいの回数しか行ったことはないけど、そこではまるで京都にいるような雰囲気を感じずにはいられなかった。道は縦横に交差して、飲食店や土産物屋まで様々な店舗が並んではいるものの、皆どこかしらに古風な見た目や装飾が取り入れられて、全体的な統一感がある。

 その景色を楽しみながら進んでいると、背の高い木々が繁っているのが見えてくる。葉はもうほとんど枯れ落ちてしまって、紅葉の色も褪せてしまっていた。ベビーカーで降りられるスロープまで迂回して、公園内へ入った。もう少し早ければ見上げて楽しめたはずの、鮮やかに色付いていたであろう葉っぱ達は、今はもう地面の上で静かに重なり合っているだけだ。歩く度に水分が抜けてからからになった落ち葉が鳴っている。その地面は完全に水平ではないから、小刻みにベビーカーを揺らしているのだ。その振動がハンドルを握る僕の手にも伝わってくる。

 落ち着いて座れそうな場所を見つけた。池からは少し離れているが、水面を行ったり来たりしているたくさんのボートが見える。買ったばかりの食事を広げて食べ始めた。周りには自分達以外にも親子連れの姿が目立っていた。小さな女の子が地面に落ちた枯れ葉を両手一杯に掴んで、頭上に投げ上げていた。もちろん大人が同じことをするよりもずっと低い位置で枯れ葉は留まる。そして一瞬間を置いてさらさらと落ちてくる。彼女の髪の毛や上着には細かくなった葉っぱ達が音もなく重なり合う。側にいるお母さんに笑顔を見せて、何度もそれを繰り返していた。今この瞬間の楽しいこと全てがそこに詰まっているような、そんな笑顔だった。

 腹を満たすと眠気が襲ってくる。ボートに乗ろうかとも考えたが、息子の腹も満たさなければならない。息子と親子3人で井の頭公園に来たのは今日が初めてだった。結婚する前も、結婚した後も何度か通ったけど、3人で訪れたのは間違いなく初めてのことだった。月並みではあるけど、幸せが溢れていた。

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