ゴースト
僕に霊感が備わっているのかどうかは分からない。今までに幽霊を見たり不思議な体験をした記憶もない。できることなら一度もそういう類のことには遭遇せずにいたいと強く思っている。でもそれと同時に、この世界が目に見えるものだけで成り立っているわけではないことも、何となく分かる。それが一体何なのかは、今から一生掛けても知ることはおそらくできないとは思うけど、ないがしろにはしないようにしている。僕が生きている時間が絶えず訪れては過ぎ去ってしまう「今」という一瞬だとしたら、過去というのはさながら力尽きて二度と取り戻せない自分の一部分のようなものだろうか。
イギリスにはまだ一度も渡航したことはない。イギリスと言えばハリー・ポッターが思い浮かぶのだけど、実際はどんな街なのだろうか。もしかしたら人間が知らないだけで、本当に夜な夜なたくさんの猫達が集まって踊り騒いでいるのかもしれない。そんな風に僕が考えていたのは、ちょうど映画『キャッツ』を観ている時だった。『キャッツ』と聞いて大抵の人はミュージカルの方だと思うかもしれない。僕もイメージ的には舞台作品の方が簡単に思い浮かぶ。実際に観劇したことはないのだが、作中の音楽が気に入っている。
ロンドンの裏通りだろうか。袋の中でもぞもぞと何かが動いているが、飼い主らしき人間が運転する車が停車し袋とその中身が放り捨てられた。そしてその様子の一部始終を静かに見守っていた猫達が次々と登場して、袋を突いたりしていると中身が同じく猫だったことが明らかになる。猫達は自己紹介と状況の説明も兼ねて、飛んだり跳ねたりしながら捨て猫の周りを縦横無尽に踊って歌っている。白い身体の美しい捨て猫は戸惑いながらも、自分の居場所を求めるように彼らの導きに従っていく。
個性豊かな猫達の中から、たった1匹だけがその夜に選ばれ天上の世界へ旅立ち生まれ変わることができるらしい。猫達は自分がどれだけ選ばれるのにふさわしいかを示すように、長老猫の前でパフォーマンスを繰り広げる。その様子を悲しげで寂しげでもある眼差しで影からひっそりと見つめる猫がいた。かつては美しい容姿を備えていた過去を羨みながら、今は侘しい毎日を過ごしている。他の猫達からも忌み嫌われているが、冒頭の美しい捨て猫に導かれるようにして歌い上げる。それはもう二度と戻らない過去への執着を帯びつつも、夜明けと共に訪れる新たな生命の煌めきを賛辞するような魂の叫びだった。そして彼女はその夜のたった1匹に選ばれ旅立つのだった。
舞台上で躍動する猫達の姿を観たいと思った。CGで加工されたシルエットが良いか悪いかではなく、手首から先が普通の人間の素手にしか見えなかったということを抜きにしても、やはり作品としては興味深い。音楽の美しさと、若さと老いのコントラスト、そして生と死。亡霊を見るように過去に囚われていた自分自身からの開放。映画館と比べても遥かに小さなパソコンのスクリーンからは、映像美より確かに伝わるものがあった。