カキフライ定食

 例え下北沢からの始発に乗っても、実家までは最低でも4時間は掛かる。他にもっと早く行く方法はあったのかもしれないが、今の僕にはそれが精一杯だった。そして身の安全を極力確保して、可能な限り時間を縮めながら移動して辿り着いたことも、病室で横になっている祖父が知ることはないのかもしれない。僕が駆けつけることで、突然祖父が目を覚まして「おぅ、みんなどうした?そんな深刻な顔をして」と言い出して、一躍僕が祖父を起こした張本人と後々言われたらいいなと自分勝手な妄想が頭に浮かんだりしていた。ハンドルを握って前方をみつめがら運転する母は取り乱す様子もなく、黙々と目的地へと向かってアクセルを踏み続けていた。

 15分か20分くらいだったと思う。法定速度をぎりぎり守りながら、車内にいる間も緊急の連絡が入ることはなく病院に到着した。運転席から母が手を伸ばして駐車券を受け取った。駐車場に入って車を停め、入り口へ向かって歩き出した。どこの病院でも同じだとは思う。まず手を消毒し、病院スタッフが検温を行う。来院した目的を手短に告げて簡単な問診票へ記入を済ませたら、病棟へ向かう為に院内奥へ進んでいく。エレベーターに乗って移動すると、祖父が入院する病棟に着いた。ナースステーションで祖父の名前と、自分が親族だということを伝えた。東京から来たことを伝えると、ほんの少しだけ顔色を変えられたが何事もなく通された。

 院内には、原則面会禁止の旨を伝える表示があちこちに貼られていた。ただでさえ厳戒態勢であるとは思うが、東京から訪れたとなれば緊張感を持っても仕方がないのかもしれない。仮に自分は通勤せずに在宅で働いていると説明したとしても、どこまで理解してもらえるかは分からない。そしてそんな状況でも面会が許可されている状況に、僕は感謝しなければならないのだろう。母や祖母には、特別に面会を許可すると書かれた証明書が渡されていた。祖父が倒れたと最初に聞いた時は、直接会えるのはかなり後のことになるだろうと予想していた。でも目を閉じたままではあっても、病院側の計らいで祖父に会える今の状況にいるというのはとてもありがたいことに違いない。

 病室で横たわる祖父は、とても苦しそうに呼吸を繰り返していた。頬の肉が少し落ちているようにも見えた。今の祖父の身体の状態は、僕には詳しく分からない。分かるのはベッドの側に置かれていたモニターが、絶えずいくつかの数字を表示し続けているということだ。水色の数字は血中の酸素濃度を表しているそうだ。そして祖父の場合、その数値が正常値よりも低くなっているとのことだった。呼吸をしても、充分な酸素を取り込めないのかもしれない。上半身を目一杯使って吸い込んでいるように見える。その後もしばらく病室で祖父を囲んで様子を見ていた。窓から差し込む太陽の光はとても暖かい。東京を朝早く出発した時の寒さは、いつの間にかどこかに行ってしまっていた。

 祖父の容態が変わらない時間が続いて、僕達は一旦病院を後にすることにした。途中で和食レストランに寄ってカキフライ定食を頼む。それは大粒ではあるけど、濃厚な旨味が汁と一緒に溢れ出していた。

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