誠意

 希望している物事を全て叶えてくれる人や物はないかもしれない。少なくとも僕は知らない。でも世の中には、一見するとその人にとって何のメリットもないような提案をして、誰かを助けようとする人もいる。胸を張ってそれは自分自身のことだ、といつか言える日が来るかもしれないが、僕はどちらかというと自己中心的な人間だ。だからそうなる日はかなり先のことか、永遠に来ることがない可能性だってある。そんな僕でも、諦めずに少しでも人に優しくなろうと何度も思えるのは、労力を惜しまずに働いている人の姿を目にするからだ。

 一時的に今住んでいる部屋から、別の場所に移らないといけない。それ自体は仕方ないのだけど、自分達に落ち度がないので仕事を休みたくはない。今年の春から在宅勤務が続いていて、原則自宅以外では働けない。もちろん今回の場合は不可抗力なので、事前に相談して許可はもらっている。ただ自宅で利用していたネットは固定回線なので、別の場所に一緒に移動することは不可能だ。公衆wifiはセキュリティ面で不安なので、ポケットwifiを短期間利用できないかを携帯のキャリアショップに行って尋ねてみた。

 結果から言うと、そういったサービス自体の取り扱いがないとの返答だった。ショップに落ち度があるわけではないので、他の方法を考えるしかない。一緒に出掛けていた息子のおむつを交換する為に、ショップ内の多目的トイレを借りている間にどうしようかと考えていた。その後店内を何気なく見て回っていると、最初に尋ねた店員とは別の男性に声を掛けられた。僕の相談内容を近くで聞いていたらしく、もしかすると家電量販店なら短期間だけ契約できるサービスがあるかもしれないので相談してみてはいかがですか、とのことだった。

 その男性店員の僕への提案が、どんな意図を含んで行われたのかは定かではない。その時すぐに商品の購入や新しい契約に発展しなかったとしても、次回の可能性の為の試みだったのかもしれない。そしてそのような意図が仮にあったとしても、それは彼の仕事の一部なのだから非は少しもない。そもそもそんな裏の裏まで覗くような考えを持たずに、素直にありがたいと思えばいい。自分が同じ立場だったとして、果たしてその労力を惜しまずに接客ができただろうかと考える。働いて給料をもらっている人間の数は多くても、そこまで行う人間は多くないと思う。自分が希望する答えは得られなかったが、その店員のおかげで気持ち良く店を後にできた。

 その後昼ごはんを食べてから自宅に戻った。出掛けている間に、漏水(給水管からの水漏れで、入居人には一切落ち度はない)の工事の為に床が一部開けられ状況を確認する作業を行っていた。電話で作業が終わったと連絡が入ったので室内を確認すると、キッチンのシンク周りや床に薄く木屑が残っていた。事前に養生をしっかりして欲しいと伝えていて、確かにそれ用のフィルムも運び込んでいたのを目にした。だから床の穴以外は何も様子が違わずに終えていると思っていたけど、残念ながら期待にそぐわない形だった。養生をして欲しいと言ったのは、作業前と全く同じ状況にして欲しいからだ。業者がどういう段取りで作業をしていたのかは直接見ていない。ずっと立ち会っていれば良かったのだろうか。2時間掛かる作業中ずっと、木屑が舞う中でも最後まで見届ける必要があっただろうか。

 綺麗なままで作業ができるのならば、養生などして貰わなくてもいい。不必要な作業までお願いする気は全くない。ただ養生をどれだけしても、元の木屑の残っていない状態に戻っていない部屋を見た入居人がどう思うかくらい想像して欲しい。少なくとも僕にとっては、納得できる対応とは言えなかった。誠意ある対応と、そうでないと思える対応の大きな差を感じた。僕が思う誠意と、他の誰かにとってのそれは全く同じではないのかもしれない。でも誠意なんていう難しい言葉を持ち出さなくてもいいから、想像力という風船に少しでも空気を入れてみることだ。

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