闇の中から

 雲一つない漆黒の夜空。月の光が眩しくて目を細める。まばらな点のように星達も頭上で輝いている。黒い紙に細い針で小さな穴を開けて、向こう側からLEDで照らしているみたいだ。街灯が辺りに全く見当たらないのだけど、優しく輝く宝石のような細かな光の粒子が降りてきて、僕の踏み出した足元を一歩ずつ明るく照らしてくれていた。ずっと向こうに、大きな黒い口を開けた穴が静かに待ち構えている。そこを通り抜ける以外の選択肢は、僕には用意されていない。夜なのにあんなに明るかった、さっきまで歩いてきたはずの道は僕の目に二度と映ることはなかった。

 星が明るいと感じるのは、夜が太陽の光を遠ざけてしまうから。夜が深まれば深まるほど僕の目には鮮明に映る。いつも頭上の同じ場所で光っている星を目印にして、いつまでも歩き続けていた。黒よりも濃い闇が入り口で僕を待っている。そこに足を踏み入れた後は、もう二度と太陽の光を拝むことはないかもしれない。そんな不安はもうずっと前から感じ続けていたけど、不思議と僕の足が止まってしまうことはなかった。例え何かにしがみつかれたとしても、身体の動きが重たくなることはないと断言できるほど、僕の意志は強固だった。

 太陽の光がどれだけ明るいかを知る為には、闇の深淵に目を慣らさなければならない。そしてどれだけ恐怖に苛まれようとも、目を閉じることなくそこから自分の足で出なければならない。光と影が両方あることで世界は輪郭を得て、色鮮やかに現れる。それが誰の口から出た言葉だったかはもう忘れてしまったが、言われたその言葉だけは今もはっきりと覚えている。自分の内側を光だけで満たしたいと思っていた。気持ちを後ろ向きにさせるものを全て追い払ってしまいたいと。でもそう思っている時点で、僕はもう追ってくるものから逃げるという選択肢を選んでいた。

 自分の見たいものだけを見て、見たくないものを全て排除することは難しい。自ら進んで覗きに行く必要はないのかもしれないけど、白か黒のどちらかで物事が全てはっきりと割り切れるわけではない。そしてそれは身の周りで起こっている、いわば自分の外側の出来事だけに当てはまることではない。白と黒と、その二つが様々な割合で混ざった灰色。そんな複雑な色調で、心は絶えず変化し続けている。普段通りに振る舞っているつもりでも、気付いていないだけで実は冷静さを失ったりすることがある。

 ようやく入り口まで着いたが、中は真っ暗で何も見えない。その深い闇がどこまで続いているのか見当すら付かない。道を照らす明かりも一切持たずに、僕は進まなければならない。闇の深淵まで辿り着けるだろうか。そこに到達するまで僕は自分自身を保ち続けられるだろうか。しかし僕は再び歩き出した。後ろは振り返らない。ただもう月明かりは届いていないだろう。いかなる方向からも全く光が届かないとても深い闇だった。僕はその中に居て腕を限界まで伸ばし、やがて訪れる夜明けの光を掴もうとしていた。

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