胸にSを
赤いマントを風になびかせ空を自由自在に飛び回っている。青いボディスーツのような出で立ちで、人々の危機にはいつもどこからか駆け付ける。黒髪をバチっと固めて、2つの瞳からは真っ赤に光り輝くビームを発することが可能だ。筋骨隆々の身体と人並外れた怪力を持ち、胸の部分には人々が彼を呼ぶ地球でのニックネームの頭文字が目立つ。彼が生まれたのが地球でないことは、容易に想像がつくのではないか。クラーク・ケントことカル・エルは、地球ではスーパーマンの愛称で知られている。
好きか嫌いかで言えば、個人的には好きな見た目ではない。僕は青色が好きではないし、マントをした人間のシルエットも好みではないからだ。筋骨隆々なのは確かに強い憧れがあるし、怪力や頑丈な身体も手に入れたいと思う。ただし目から繰り出される赤い光線は、見た目はかっこいいが実用的かと言われれば首を縦には振れない。コントロールが難しそうだし、一歩間違えば無関係な人達に危害を加えることになりそうだから。何よりそんな宇宙的な未知の力なんて授かってしまったら、僕はその力だけではなくて、自分自身すらコントロールできなくなってしまう気がする。
スーパーマンはあくまでもフィクションであって、純粋にエンターテインメントとして楽しめばいい。ただそこに全く現実世界での事象が投影されていないかと言えば、そうは思えない。ちなみに最近観たのはオリジナル版ではなくて、『マン・オブ・スティール』という2013年公開の作品だ。故郷の星から生まれて間も無く地球に送られた主人公、カル・エル。地球での育ての親からはクラークと名付けられた。自らに宿った不思議な力に困惑し、またうまくコントロールできない彼は、周囲の人間からも中々理解を得られないでいた。
自分に理解できない物事を人は恐れる。望んで得たのではない力に葛藤しながら、それを隠して生き続けていた。世間の目など恐れなければ、救えた命が幾つもあったかもしれない。故郷の星を遥か昔に地球へ向けて飛び立った船が見つかり、クラークは自分のルーツを探し当てることになる。そして滅びてしまった故郷の星を追われ、彼の父親を殺害した敵の驚異もまた地球に迫っていたのだった。作中でもちろん彼はマントとボディスーツ姿になるのだけど、その色合いがかなり暗めなのに気付くだろう。青色が好きではないと言ったが、この作品の彼の見た目は悪くない。ベストとは言えないが彼のルーツを追体験した後だと、その深い青がよく映える。彼の硬質な揺るぎない意志が現れているようだ。
カル・エルの飛び抜けて特殊な身体能力や、スピード感溢れる戦闘シーンは間違いなくこの作品の見所だ。ただそれよりも僕は、主人公が埋まることのない他者と自身との決定的な違いに苦しみながらも成長し、やがて他者との繋がりの中で信頼と自分の役割を見出していく物語だと思っている。本物の勇気とは、相容れない価値観を自分の方に強引に引き寄せようとするのではなく、差異を受け止めつつ自分から一歩前に踏み出すことなのかもしれない。勇気であり希望でもあるそれは、胸のシンボルに込められている。