間違い探し

 大きなセダンを2台くらい停められそうな奥行きがある。横の壁一面には、長方形の巨大なキャンバスが貼られていた。どこかの制作現場で余った資材を使ったそうだ。10mは超えるであろうその白地の上に、鉛筆で巨大な絵が下書きのように描かれている。抽象画のようにも見えるけど、しばらく眺めていると色々な生き物の姿をキャンバス上に見つけることができる。陸で生活する獣から、優雅に海藻を揺らしながら泳ぐ生物まで賑やかな絵だ。敢えて「アトリエ」という言葉でその場所に名前を付けて呼んではみるけど、そこはアトリエとういうよりは「作者の脳内空間」、もしくは「大人の遊び場」とでも言うべき不思議な空間だった。

 新宿駅前の高層ビルが路面電車の駅の向こうに顔を出している。そして反対側には池袋のタワーマンションがそびえ立っていた。路面電車と言っても自動車が通る道とは交差していないから、普通の電車が走っている光景とあまり変わらない。ゆっくり走るイメージの路面電車だが、僕がそこで見た車両は思っていたよりかなり早い速度で移動しているように感じられた。昔から人が住んでいる住宅街の雰囲気ではあるけれど、その割に細い路地までアスファルトが綺麗に整備されていて、都心から近過ぎず遠過ぎずの場所での生活を求めて住んでいる人々の気配も感じた。

 古い商店街の古本屋の店頭で、段ボールに無造作に詰め込まれた格安の洋書があったそうだ。『ウォーリーを探せ!』と言えば、僕も一時期読んでいた。読んでいたというより遊んでいたと言った方が正しいかもしれない。ページ一杯に描かれたイラストの中から、眼鏡姿の縞模様の服を着た青年を探し出すのだ。彼以外の人間や動物も登場するのだけど、なぜかイラストの中でそれらが通勤ラッシュの駅みたくごった返している。人数もたくさんだから、簡単には見つけられない。似たような格好をしている人も登場するから余計に難しい。本人ではない別の人間を間違えて何度も探し出し、悔しい思いをしたものだ。

 巨大なキャンバスに、好きなように絵を描くのはとても気持ちがいいことは想像に難くない。大きさを自分で決めて、何をそこに描くのかも自分で決めて、どんな色を使うのかも自分で決められる。皆で同じものを描いて、成績を付けられることもない。自分の中にあるイメージというのは、言葉や動作で表して見なければ正確に把握することは難しい。もしくはそれが本当にイメージ通りなのかを確認する意味でも、目に見える形にするというのは大切な工程だと思う。そしてそれを通じて自分という人間をより深く知っていけるはずだ。

 B5サイズのスケッチブック1冊とHBの鉛筆を1本、そして小振りの消しゴムをひとつ購入した。道具だけ用意して、何が描かれるかは感覚に任せてみようと思う。頭の中のイメージと、形になった時のギャップは大なり小なり必ずあるだろう。正しいかどうかではなくて、誤差を修正するように少しずつ丁寧にすくい上げていく。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

未分類

前の記事

片道切符
未分類

次の記事

泣き言