片道切符

 線路途中の駅で停まった列車は、遅かれ早かれ必ず動き出す。行き先がどこであれ、途中で止まったまま乗客も降ろさずじっとしていることはない。僕は最初から電車の乗り方を知っていたわけではない。高校を卒業するまではずっと自転車で学校に通っていたし、電車に乗ってまで遊びに出掛けることもほとんどなかった。大学では中型バイクに乗って自動車専用道路を実家まで往復していたし、卒業して地元に戻ってからは友人の車に乗せてもらったり、レンタカーを借りれば困らなかった。

 過ぎ去った時間は戻らない。昔を思い出して、自分が最も輝いていた瞬間がそのどこかにあったとも思えない。どうしてもやり直したいと思う出来事がないわけではないが、それよりも今を大切にしたいと思っている。もう二度と他人とあんなに強く結び付くことはないとか、あの時あの人さえいなければと思うこともない。その瞬間ごとに確かにいろいろな感情を僕は味わってきて、思い出した時に幸せな気持ちになれる出来事ばかりではなかった。それでも現在の生活を送る上で欠かせない人達との結び付きが自分にはあるから、過去に囚われ続けるようなことはない。

 それでももし家族以外の他人との力強い結び付きを当時から持っていれば、何を誰に言われようと拠り所になる場所として頼っていけたかもしれない。でも少なくとも僕にとってそんな場所は学校にはなくて、別の方法でそれを求めていった。僕にとってその出来事はきっと一生を左右することだった。その時に考え始めたことを、20年弱経過した今でも心で唱え続けている。「自分は何の為に生まれてきたのか」という問いの答えをずっと探し続けている。目の前に誰かが用意してくれるものではないから、求め続けなければ分からない。一生探し続けて、最後の時になってようやく知ることが出来るとしてもだ。

 約1ヶ月前から読み始めていた小説を今日読み終えた。村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』だ。結構前に一度読んでからしばらく時間が空いたので再読することにした。きっかけがあってとても親密な仲になった男女5人の高校生達。皆名前に色が入っている中で、主人公だけがその特徴を他の4人と共有していなかった。進学を機に上京することになった主人公。そして突然5人の輪の中から切られたことで孤独の中に身を置いた日々。そして避けては通れない、彼が向き合うべき真実を解き明かす旅。物語は静かに色を放っていく。

 揺らぐはずがない唯一の繋がりだと彼は信じていた。終わりが来るはずはないと。しかし見て見ぬ振りをしていても、時間の流れと共に物事は変化し続ける。目に見えるものから、目に見えないものまで。どこかで立ち止まらなければならない、終着点まで進み続ける為に。自分という人間の中にある真実を知る為に。勇気と自信を持って。

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