東京で浸かる風呂

 待ちに待った金曜日だ。毎日在宅で働いている時間は家から一歩も出ずに、スツールの座面に敷かれた手作りの真っ赤な丸いクッションの上に尻を乗せている。真ん中に穴が空いているから、負担は少ないと思いきや、長い時間座っていると痛くなってくる。もちろん僕にはそんな器用に物を作れないので、何かを希望して用意してくれる人がいるというのはありがたい。週末の休みが来ると分かっていて、かつそれが近付いて来るとあまり仕事に身が入らない。いや、実際はほとんど入っていないかもしれない。

 終業の時間を迎えたので、勤務時間を報告してパソコンの電源を落とした。画面は一瞬で消えてしまって、後には何も残らない。僕も仕事のことは綺麗さっぱり忘れて、少し涼しくなった夜の街に繰り出しなくなった。本当ならいつもそのまま息子と風呂に入る時間だけど、1時間くらいなら繰り下がっても大丈夫だろうと思い、支度をして玄関を出た。歩いて行けない距離ではなかったけど、一駅分だけ電車に乗って目的地に向かうことにした。小田急線の改札を通ってエスカレーターにタイミングよく乗る。抱っこ紐だと足元の視界が少し悪いので、気を付けなければならない。

 エスカレーターに乗っている間中、勢いよく風が吹き続けていた。普段電車に乗る大人なら慣れているのかもしれないが、生後数ヶ月の子どもにとってはきっと強烈な体験だろう。勢いよく当たる風に顔をしかめている。羽のように軽い髪の毛もバサバサと煽られていた。地下1階まで辿り着いて、ホームドア付近で次の電車が来るのを待っていた。どこの駅でも大抵はそうだが、地下に駅があるからと言って暗い場所なんてほとんどない。むしろ空が曇っていれば地下の駅構内の方が明るいくらいだ。

 歩いて行ける距離を、わざわざ電車に一駅だけ乗るのも時々は悪くない。移動距離は大したことないのだけど、いつも何かしら大なり小なり発見がある。世田谷代田で降りて改札を抜けたら、薄暗い街灯が両脇に並んだ道を下北沢方面へ向かって歩き出す。再開発は今も継続中で所々に白いバリケードが建っていたけど、一際目を引く綺麗な建物を見つけた。おそらくそれが以前ブログで書いた新しくオープンする温泉旅館で間違いないだろう。浴衣を着て館内を移動する人影も少し見えた。都心からは少し離れているし、高層ビルが周りにはないから天気が良ければ景色は良さそうだ。ちょっと東京らしくない光景だが、湯船に浸かれる日を楽しみにしている。

 涼しくなったとはいえ、息子を抱っこ紐で抱えていると汗が滲んでくる。帰りは徒歩で家まで帰った。浴槽に湯を張って、自分が先に入って準備をする。帰り道では眠っていたから、風呂に入ったらすぐに寝付くだろうと思っていたら、この日は中々眠らなかった。最近は出掛けている最中でも目を開けていることが増えた。大人にとってはただ近所に散歩しただけでも、彼にとっては充分過ぎるくらいの刺激だったに違いない。僕の瞼はもう既に閉じようとしていたけど、息子を腕に抱えたままでは眠れない。こんな日もあるなと自分に言い聞かせながら、耳に届く微かな吐息をずっと聴き続けていた。

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