ウクレレ、音にのって
上京し職についてしばらく経った頃、ふと思い立って御茶ノ水の楽器屋に出向いた。改札を出てすぐのウクレレ専門店に入る。上京する少し前から何か楽器をやりたいなと思っていて、ウクレレなら持ち運びの時にも小さくて楽だし、弦が少ないので手の大きな自分でも演奏できそうだと思った。もうひとつ、自分は比較的身長が高くて体格もいいので、小さい楽器とのギャップがおもしろいと思った。
働いていた職場には、役者をやっている人やバンドを含めた音楽活動をやっている人がある程度いた。せっかく楽器まで買ったのだからライブをやってみようか、と提案してくれた何人かの同僚と一緒に、新宿のライブハウスでパフォーマンスすることになった。ウクレレを始めてからしばらく経っていたので簡単な曲なら練習すれば演奏できるようになっていた。練習の為に、スタジオを借りたのも初めての体験だった。アンプが幾つか部屋の壁沿いに置かれ、細かいボタンやつまみがたくさん付いた操作板のような機械も置いてある。マイクで声を出してみて、細かく音の調整をする。ライブに出る同僚と一緒に行って、機械の操作方法を教わったりもした。
ライブ当日、夏の暑い日だったと思う。ウクレレをケースに入れて電車で新宿まで向かう。駅から少し歩いて辿り着いたライブハウスは、少しタバコの匂いがするこぢんまりとした場所だった。ステージは入り口入ってすぐ。ウクレレにピックアップをテープで貼り付けて、まずは軽めのリハーサルをやった。お客さんはまだいなかったが、他の出演者がいたので少し緊張した。声はいつも通り出ていた。
本番が始まった。お客さんは職場の人がある程度占めていたので雰囲気がよかった。とは言え、やはりとても緊張した。以前東京に来て受けたオーディションのことを思い出し、考え過ぎても仕方ない、出たとこ勝負だ、と思い直した。歌には自信があったが、声が少し震える。スタンドマイクは同じ位置でじっとしている。時々、口をマイクにぶつけてしまい鈍い音がなる。微笑む余裕もなく数曲を歌い、僕の出番は終わった。大学時代にやった英語の演劇で、舞台に立って浴びたスポットライトの眩しさを思い出した。
その後は、同じメンバーでもう一度ライブをやった。初回よりもいくらか余裕を持って望めた。ウクレレも一回り大きいものを購入し、新しい曲に挑戦してみた。そしてYouTubeにもライブの動画を曲ごとに切り取って投稿した。それと合わせて、自宅で壁を背に歌っているところを録画して投稿もした。歌っている時が楽しい。音楽に浸っている時間が一番リラックスできる。ささやかであっても、音楽と一緒に何か前向きなメッセージが伝えられたらと思う。