シモキタ、東京
東京に住み始めて数年が経つ。一番好きな東京の町は、と聞かれれば下北沢と答える。世田谷区にあって、一般的な世田谷という地名のイメージには当てはまらないかもしれない。大小いくつかの劇場、小さな雑貨屋、ライブハウス、美容室、そして古着屋があちこちにある。時々、芸能人に会うこともある。小田急線と井の頭線の駅がはしり、かつては地上にあった線路跡は再開発により今までなかった施設ができつつある。
僕は昔の下北沢をあまり知らない。東京に来たばかりの頃は、戦後の闇市の名残のような昔ながらの商店が並ぶ小さな通りがあった。残念ながら今はなくなりアスファルトで綺麗になって、商業施設が建ちイベントスペースになっている。
演劇の町として知られる下北沢。東京に来て、たった一度だけ劇団のオーディションを受けたことがあった。賃貸の部屋の白い壁を背にして、綺麗目のシャツに袖を通し、スマホで写真を撮って履歴書と一緒に送った。オーディションでは、自己紹介と自由演技をすることになっていた。自由演技という言葉の意味がはっきり分からず、何をしようか考えた。当日、他の参加者は即興の芝居やパフォーマンスを行っていたが、自分は好きな歌を一曲歌うことにした。歌を歌うことも技能のひとつだろう、というのが僕の解釈だった。あれほど緊張したことはそれまでにない。口から心臓が飛び出るというのはこのことかと思った。結果は不合格。他の人に比べるとやはり自分のオーディションに掛ける思いが足りなかったんだと思う。
大学時代に、ほんの少し演技をかじった程度の僕でも憧れの俳優さんがいる。憧れというより、その人が主演した映画で演じた登場人物の生き様に心底感動したと言ったほうが正しいかもしれない。『鉄道員』で主演の高倉健さん演じる、廃線間近の駅長だ。鉄道一筋で働いてきた主人公は、授かったばかりの女の子を亡くし妻にも先立たれてしまう。鉄道員としての誇りを持ち職務を全うしようとする姿勢と覚悟、それに伴う犠牲に葛藤し、かつ心配してくれる人々への感謝の気持ちが止めどなく溢れる。そんな一途で不器用な主人公の姿に胸を打たれた。
高倉健さんは、日本を代表する映画スターだ。残念ながらもう直接会って話をすることは叶わない。生きていらっしゃったとしても、僕が会える保証などない。ただもし伝えられるのなら、僕がその映画に出会わなければ今のように生きることはなかったでしょうと言いたい。道半ばではあるけれど、ありがとうと伝えたい。僕は健さんにはなれないけど、自分がかっこいいと思える生き方を全うしたい。
下北沢、その東京の小さな町の至る所で、人間それぞれのらしい生き方を垣間見ることができる。