風に舞う白

 絶えることなく寄せては返す波の音は、いつ聴いても耳に心地良い。砂浜の細かく薄く黄色い砂達が、履いている靴の底に踏まれて押し固められる。それとほぼ同時に、乾いているのでも湿っているのでもない、砂同士が擦れ合うような音が歩調に合わせるように足元から微かに聞こえる。聴こうとしなければ、それは風の音に掻き消されてしまいそうな音だった。後ろを振り返ると、足跡がずっと向こうの方から続いていた。僕は手の平に乗るくらいの小さな白い陶器の壺を両手で持ちながら、沖を行く船をずっと目で追っていた。

 海岸には、深い緑の葉を茂らせた松の木が一直線に立ち並んでいる。決して強い風ではないのだけど、絶えず浜風に煽られて木々は揺れ続けている。生まれた街の海岸にも、同じような景色が広がっていたのをなぜか思い出した。粉を吹いたような乾いた白い貝殻だらけの砂浜は、裸足で歩くのを躊躇する。その貝殻や砂に混じって、色付きのガラス辺が時々見つけられる。どこから流れ着いたのか、もしくは誰かが捨てていった物なのかは分からないが、波に洗われ続け角が取れて表面も滑らかになっていた。

 そのガラス辺はきっと、元々は何かのガラス製の容器だったのかもしれない。海岸で酔った誰かが握り締めていた瓶かもしれない。それが何かの理由で捨てられ、バラバラになった。そして波や砂や貝殻に揉まれるうちに色だけ残して埋もれていく。表面に付いた無数の細かな傷が、長い時間を掛けて自然の中で磨かれたことを想像させる。波に濡れると、部分的に滑らかなガラス面が太陽の光を反射する。ガラスとして与えられた役割を手放して、ただガラスという物質としてそこに存在している。そのまま磨かれ続けていれば、土にも帰るだろう。

 故郷の海を思い出しながら歩き続けていた。やがて海岸沿いに小さな船着場が見えてきて、ひとまず目的地に辿り着く。簡素な作りの小屋があって、木製の短い桟橋が小舟まで続いている。先端が水中に伸びている柱は海水を長い間浴びて脱色し、塩がその表面に白く波状の模様を作っていた。海はとても穏やかで、海鳥達が軽やかに舞っている。僕は壺を持ったままじっと海を見つめていた。この水もいつかは雲になって、雨となり大地の乾きを潤し、作物を育て人間を養う。そしてまたどこかの海を巡っていくことを考えていた。

 風が吹いた。背中を優しく押された気がして立ち上がる。小舟に向かいロープを解いた。僕は壺の蓋を静かに開ける。太陽は僕を正面から照らしているが、壺の中まではその光は届かないらしい。拳がやっと入るくらいの壺の中から、白い塊を取り出した。手の平に乗せて優しく包む。一瞬温もりを感じて手を開くとそれは既に粉になっていた。風に飛ばされないように両手で覆ったけど、指の隙間から少しずつさらわれていく。ゆっくりと指を開くと残っていた粉はすぐに空中に舞って漂っていた。舟が浮かぶ海面のどこかに落ちたかもしれないし、遠くまで行ってしまったのかもしれない。さっきまで白く漂っていて今は何もない空中を、僕はいつまでも見つめていた。

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