東京を、待っている

 上京すると決めたものの、仕事も住む部屋も決まっていなかったので、知り合いの家に居候させてもらった。彼は当時埼玉にいて、東京まで比較的便利な場所での賃貸マンション住まいだった。

 住み始めてすぐ、彼に仕事を紹介してもらい面接に出掛けた。東京のオフィスビルで仕事内容や詳細を聞き、勤め始めることになる。詳しくは言えないが、就業場所はカスタマーセンターのようなところで主に電話対応を行っていた。地元では身体を動かしながらの仕事だったので、身体的な負担は少なかったが、当初は仕事を通じての刺激が正直あまりなかった。

 仕事に慣れた頃、職場の新人さんへの研修を担当することになった。スイミングスクールで培った、教える技術を発揮できると思い、当時を思い出しながらこなそうとした。子どもに教えるのも、大人に教えるのも大きな差はないだろうと思っていたが、案外そうでもない。子どもは、教える側の行動に対するリアクションが比較的素直でわかりやすい部分があるが、大人になると本音と建前がある。言葉では理解したと言っていても、実は不安なことや質問したいことがある人もいる。自分も含め、意地やプライドもあるだろう。心を割って本音を言い合うのは難しい場面が多い。

 だからこそ、子どもに接していた時よりも相手の希望に寄り添う為の更なる努力が必要だと感じた。仕事となると、ノルマや求められる最低限の対応をいかにして相手に実行してもらうかを工夫する必要もあった。同じことを伝えるにも、相手によって言い方や場面を使い分けることをしていかなければいけない。東京は、様々な境遇の人が集まりやすい。出身も違えば、育ってきた環境も違うのだから最初から皆が同じ方向を向いて仕事に臨むのは簡単ではない。ただ、給料が発生する以上は最低限の貢献を要求せざるを得ない。個人的には、皆ができる範囲で目指せるパフォーマンスを発揮してくれればいいと思っていたが、上司からの要求もあるので簡単には妥協できなかった。

 研修中、表情が強張っているとか、言い方がきついなど指摘を受けることもあった。身から出たサビで、誰のせいでもなかったがやりきれない気持ちになる。自分の望みや、将来ばかり考えてきたことが裏目に出て、他人の気持ちを汲み取る想像力が足りなかったなと反省の日々だった。

 東京に出れば、何かが変わると思っていた。東京に住んでいるのは自分だけではない。他の大勢の人間が生きている。東京にいるだけで満足していてはいけない。そう自分に言い聞かせて電車に乗り込む。

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