夏富士
遅めの通勤時間帯であろう朝に、レンタカーを借りて高速道路を西へ向かう。これまで何度も利用しているから、レンタカーのポイントがかなり溜まっていたけど、敢えて使わずにそのままにしておいた。記念日か何か特別な日のドライブの為に残している。車で北関東方面へ向かう事には慣れたけど、西に向かった事は数える程しかない。僕の実家まではかなり距離があるし、車で移動するには体力的に余裕があっても息子がまだ小さい今は現実的に厳しい。静岡に向かった。それまで僕は富士山の頂上付近は一年中雪が積もって白くなっていると思っていた。
8月は確実にその終わりに向かって日付を刻み続けているけど、外の暑さが柔らぐ気配は一向に感じられない。用意されたレンタカーは既に冷房の風が全開になっていて、車内は涼しいを少しだけ通り越して寒いくらいだった。朝起きてからまだそれほど時間が経っていなくて、体感温度がまだ高くない身体には少し応える。しかしそれも走り出せばすぐに解消された。朝食はある程度食べてきたから、頭はしっかり働いている。予定時間から逆算しても充分に余裕のある時間に出発した。
高速道路の入り口までは思ったよりも時間が掛からなかった。子どもの通院で使っている道と途中までは同じで、曲がる交差点がひとつ違ってその先が入り口になっていた。乗っていたのはスポーツカーではなく、乗用車だ。必要にして充分なエンジンパワーなのだろうけど、冷房の風を強くすると心なしか回転数の上がりが鈍く、想定よりも加速感が削られてしまう印象。サーキットではないし、サーキットで乗っても印象は変わらないだろう。目的地に到着するという役目だけ果たせれば今回はそれでいい。
東京、神奈川を小刻みに出たり入ったりしながら走り続けて、そのうちに都心を離れた緑の景色がずっと続き出した。空は晴れて陽射しは強い。途中何度も休憩で寄ったサービスエリアは、アスファルトの照り返しがきつく、少しでもトイレや屋内施設に近い場所を探すのだけど、考える事は皆同じようで希望に沿う駐車スペースは中々見つからなかった。ポケットのハンカチタオルはもちろん、鞄の紐に掛けてきたハンドタオルも手放せない。少し雲が出て日陰でも作ってくれたらいいと思うが、物事は思うようにはいかないものだ。
眼前に一際大きな山がそびえ立っているのが視界に入る。周りの峰よりも明らかに巨大なその山影は富士山だった。富士山のイメージと言えば、麓の深い青が頂上に向かうに従って白くなるイメージだが、実際は今の季節だと全くと言っていい程違う印象だ。これだけ暑ければいくら日本一とは言え、雪も溶けるのだろう。そしてその富士山の眼下に広がる海面は、夏の太陽の陽射しを受けて眩しく白く輝いていた。