家肉焼き
夕飯の献立は考えずに家を出た。相変わらず外は蒸し暑い。昼間に降り注ぎ人々の体力を奪っていった太陽の光はもうどこにもないけど、アスファルトに蓄えられた熱が太陽の不在をなかった事にしていた。皮膚から少しずつ温められて血液が生ぬるくなったような感触。おまけにマスクもしているから、どこにも熱の逃げ場がない。早くスーパーに辿り着きたいのだけど、汗を拭うタオルを忘れてしまったから早歩きは気が進まない。底が薄くなったサンダルから、地面の凹凸が伝わってくる。給料日になったら新しく新調しようかと考えている間に目的地はすぐそこに迫っていた。
スーパーの前にある焼肉屋からはいつもいい匂いが漂ってくる。タレや肉の油の甘い匂いが食欲を唆る。お店に出掛けて食べる焼肉はご無沙汰だ。小さな息子もいるし、世間の状況から考えても行きづらい。家で本格的な焼肉をしようにも、賃貸なのであまり大胆な事はできない。それでも肉が食べたくなったので、僕は牛タンと赤身肉を買って家で焼いて食べる事にした。付け合わせのニンニクと玉ねぎ、そしてサラダ用のミニトマトとサニーレタスも合わせて購入した。
店を出た後は、再度蒸し暑い通りを家まで黙々と歩き続けた。マンションの鍵を開けるのも億劫になる。この時季は蚊がいるし、体質的に刺されやすい。なるべく素早く解錠し玄関まで向かう。玄関の扉も素早く閉めて中から施錠する。喉の渇きを癒す為に買ったグレープフルーツジュースを妻に渡す。自分もストローを刺してあっという間に飲み終えてしまった。後1時間で息子と一緒に風呂に入る時間だ。その前になるべく夕飯の支度は終えたい。米を2合洗う。スープは味噌汁ではなくて顆粒の鶏ガラにしよう。生の生姜を擦り下ろして肉と合わせて臭みを少しでも減らしておく。
暑さには勝てないのでエアコンはずっと付けっぱなしだ。きんきんに冷やしてはいないが、それでも息子の手足は少し冷たい。湯船まで妻が運んで来てそこで僕と一緒にお湯に浸かる。お湯は熱くないのだけど、足を浸けると少し驚くみたいだ。両腕でしっかり抱いて、まずはゆっくり浸かる。顔を拭いた後に全身を洗ったら、妻がまたバスタオルに彼を包んで風呂場から出ていく。それを毎日繰り返している。自分もシャワーをその後浴びてさっぱりしたら夕飯の準備だ。
玉ねぎとニンニクを剥いて、フライパンで火を通す。一旦皿に移したら、余った玉ねぎをスープに加えて、戻したワカメと合わせる。トマトとレタスを洗って盛り付けた上から、黒胡椒を振りかける。炊飯器のご飯が炊けるタイミングを見計って、下処理をした肉を焼き始めた。七輪で焼いた見た目には程遠いのだけど仕方ない。両面しっかり火を通したら皿に盛り付けて完成だ。小皿に岩塩、そして別の小皿に醤油を入れてニンニクを溶かした。
もちろん結論から言えば、焼肉屋に出掛けた方が肉は美味しい。でも今日家で焼いた肉でも満足感はあった。思った程肉が硬くなくて食べやすかったし、肉を食べたいという欲求は満たされた。食の満足感というのは、料理に支払った金額ではないという事を改めて感じた夜だった。そして夜の向こうで明日が出番を待っている。