溶き卵に豆腐
いつも蕎麦を盛っている深めの丼に、殻が茶色い卵を縁で割って四つ入れる。卵自体の重さを手首に感じた状態で、縁に向かって落とす感覚。下手に割ろうとしてコツコツ叩くと、小さな殻が紛れて入ってしまうから。入ったら入ったで何とか取り出すのだけど、水の中から取り出すよりはずっと手間だから出来れば避けたいところ。最近買った黒い箸は、今まで使っていた箸と見分けが付かない。先の丸みが微妙に違うだけで、よく見ないとひと目では判別できないだろう。
ここ数日ニンニクを料理に使い続けている。擦り下ろしたり、細かく刻むのが定番かもしれないが、皮だけ剥いてそのまま炒めて食べる。ニンニクを食べれば、失った体力もたちどころに回復するという素人考えではある。パスタに加える時にはオリーブオイルで。炒め物の時にはごま油で。アヒージョのように油の中でふつふつと軽い音を細かく立てながら小刻みにニンニクの粒達が踊っている。香りが徐々に染み出して油と混ぜ合わさり、粒は中まで火が通ってほくほくになる。
いつか行った焼肉屋。定番の肉やらホルモンやらを一通り胃袋の許す限り頼み続けた。もう肉や脂っこい物は入らなそうではあるけど、もう少しだけ何か食べたい。メニューを手に取って、何度も見たはずの裏面まで再度見返す。そこで目に飛び込んだのはニンニクのホイル焼きだった。迷わずそれを注文し、ついでにビールも追加で頼む。程なくしてニンニクが複数入っているであろうアルミホイルの包みが運ばれて来た。テーブルの上の七輪にそっとそれを乗せてしばらく待つ。
アルミホイルは完全にニンニクを包んでいるわけではなく、隙間から中を覗く事が出来た。七輪の中では赤々と火が燃え続けている。その上に置かれた銀の網はすっかり色を変えてしまったけれど、手をかざしてみると触れればただ事では済まない程の熱を帯びているのがはっきりと感じ取れる。その七輪の上でじっとしているニンニクがただで済むわけがない。きっと今頃はかなり熱くなって柔らかくなった事だろう。そう思ってゆっくりとアルミホイルを解いていく。手で触ったアルミホイルがかなり熱かったので、タイミング的にも問題ないと思っていた。
完全に中まで火が通っていると思い込んでいたので、粒を箸で摘んでそのまま口に運ぶ。表面の香ばしい油の香りとは対照的に、しゃりっとした食感と青臭い味がした。生焼けだったのに加えて、なぜか独特の辛味も合わさりそれ以上箸が進まなかった。その出来事をずっと覚えていて、ニンニクにちゃんと火が通るのかが心配だった。表面がこんがりと茶色く変色しても不安が消えない。そして実際に食べる。予想に反して中まで火が通って柔らかく美味しい。食欲をそそる香りとは裏腹に、優しい味と舌触りだ。
溶き卵に加えた潰した木綿豆腐は目論見通りにはいかなかった。卵をフワフワにしてくれると思ったら、卵同士がまとまりがなく箸では食べ辛くなってしまった。突然思い付いてやったのだから仕方ない。そういう事もある。さぁ明日は何を作ろうか。