至る

 いつになったらそれは終わりを迎えるのだろうか。初めて下北沢に来た時から街の様子は変わり続け、その変貌ぶりは必ずどこかで行われ今日も続けられる工事によってもたらされている。移り変わって行くのは街だけではなく、そこに住む人間も同じだ。変わっていく周りの景色に振り回されながら、ふとした時に時間の経過を肌身に感じ取る。前向きな気持ちになるし、不安に押しつぶされそうになる時もある。良い時もそうでない時も全て自分の中から湧き上がる感情。改札にかざしたiPhoneの音はいつもと変わらないのだけど、昨日とも明日とも違う自分の足で今日も歩き続ける。

 駅前にたむろする人達を横目にスーパーに向かう。時折喫煙所から匂ってくる煙草に顔をしかめながら、夕飯の献立を考える。買い物カゴを持って事前にメモした食材を買い集める。もちろんマイバッグは持参している。現金はほとんど財布に入れない。スマホで決済するから。ポイントカードもそれをレジでかざすだけだ。あっという間に会計を済ませ、程よく膨れ上がったマイバッグを片手に帰路に着く。街を少しだけ眼下に見下ろせる場所まで歩き続ける。賑やかな場所が嫌いなのではなく、1日の終わりに歩くならある程度静かな通りがいい。

 玄関に着くと再度スマホの出番だ。単独で物理的な鍵は持ち歩かない。今まで生活の中のそれぞれの場面で、それぞれ使われていた道具の機能はほぼ全てスマホに集約されている。いくつかの例外を除いて、外出する時には随分身軽な暮らしが可能になった。家に入ると出迎えるのは家族だ。東京を拠点に生活すると決めてからずっと一緒に支え合い、これから先も欠けようのない大切な人達だ。子どもは2人。男の子と女の子。まだ小さい2人だが、大きくなった時にはそれぞれに自分の部屋を与えられるように間取りも考えてある。

 まずは寝室。基本は夫婦で眠るのだけど、時々は子ども達も一緒に川の字になっても寝られるくらいのサイズのベッドを置く。仮に転がり落ちたとしても大事にならないように高さは低めだ。大きな窓からは太陽の光がたっぷりと差し込み、夜には程よい間接照明が快適な眠りに誘う。暑過ぎず寒過ぎず、温度や湿度も空調によって調整される。眠れない夜にはベランダに出て空を見上げる。東京の空にも星は毅然として輝いているのだ。落ち着いたら枕元の明かりで小説を読んで、睡魔がやってくるのを穏やかな気持ちで待ち続ければいい。

 将来的に子ども達が使う部屋が2つ。使い方は彼らが決めればいい。家族や友人といる時間と同じくらい、ひとりになる時間はとても大切なだと思っている。同じ家に暮らしている限り、完全に他の人間の気配を感じず暮らすのは難しい。ならば自分の部屋を持つというのは、自分自身の気持ちを整理して物事を決断するのに役立つはずだ。周りの人間はあくまでも選択肢を与え、本人が決断したのならそれを尊重して背中を押すべきだ。そんな風に親子の関係性を築いていきたい。

 東京で暮らすと決めた時から、両親とは物理的な距離ができてしまう事はもちろん覚悟していた。隣町とかそういう距離感ではないから、例えば子育てや何かで助けが必要になった時に、ホテルとまではいかないまでもゆっくりしてもらえるように部屋を用意しておきたい。いわゆるゲストルームだ。ちなみにこの部屋はいつも誰かが泊まりに来るわけではないから、状況によっては臨機応変に多目的室としても使う。

 このご時世だからというわけではなくて、料理は自宅で思いっきり楽しみたい。凝り性だから調味料なんかも色々と試して、外で食べる味に負けない物が作れたらと思う。キッチンはリビングに面しているが、アイランドキッチンではなくカウンターキッチンだ。背中には冷蔵庫や食器棚が置かれている。いかにも大量に収納できそうな物ではなく、一見するとどこに収納スペースがあるのか分からないような見た目がいい。機能的であり、かつシンプルで合理的なキッチンだ。

 もう一部屋ある。そこはトレーニングルーム兼音楽室だ。トレーニングルームはマシントレーニングではなくて自重で行うのが主な目的。大掛かりな機械は置かず、補助的に小型でかつ必要最低限の運動がこなせる物を設置する。音楽室と言うと学校を懐かしく感じるかもしれないが、楽器の演奏や歌のレコーディング、そして時にはカラオケルームにも成り得る。多目的室その2と言ってもいいかもしれないが、大きなスクリーンを設置して、迫力ある映像や音楽を楽しむのもいい。

 ここまで書いた部屋を数えてみる。間取りで言えば5LDKか。中々贅沢な家だ。自分の車とバイクも欲しいから、更に広いスペースが必要になりそうだ。その家に住んでいるのは、今の僕ではない。そこにいるのは理想の自分だ。最強最高の自分と言ってもいいかもしれない。いつだってそうだ。今に縋り付きながら、僕は理想を思い描いて生き続ける。

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