熱源

 僕の身体には血液が流れている。健康診断の採血で注射が苦手な僕は、その針先が皮膚の下に入って血液が抜かれていく様子から目を背けたくなる。当然ながら、その血液には温度がある。体温なら脇の下で何度も計ったけど、血液自体の温度も同じくらいなんだろうか。身体を動かして息が上がると、心臓の強い鼓動を感じ取ることができる。僕の意志とは関係なく速くなったり遅くなったり、何だか自分の中に別の誰かがいて心臓を動かし続けているような奇妙な感覚だ。

 昔鶏が産んだばかりの卵を手に取ったことがあった。地元の養鶏場だったと思う。何の前触れもなしに、突然ころっと出てきて手前まで転がって来る。僕は手を出して優しくその卵を掴み取った。家でよく食べる卵と殻の硬さは同じはずなのに、出てきたばかりの卵は殻がとても柔らかい気がして、手が緊張している。僕の手の平には収まりきらないけど、大き過ぎるのでもない。指から伝わってくる微かな温もりが、鶏の体内の温度を想起させる。

 僕が通っていた小学校には、小動物が暮らす飼育小屋があった。多分他の小学校にもあったと思うけど、当番制で動物達の世話をすることになっていた。ある日うさぎを一旦小屋から出すように先生から指示があった。僕は動物を抱いたことがなかったのでやりたくなかったが、一羽担当することになった。恐る恐るうさぎを腕の中に抱き上げる。暴れるのかと思っていたらやけに静かにしていた。これなら問題ないと思っていたけど、様子を見ていると細かく震えているのに気付いた。その震えは僕の腕に伝わり、普通ではないように感じられた。

 先生に伝えようと探していた時に、ぼたっと何か地面に落ちた気がした。気がしたのではなく、実際に地面に何かがいた。その表面は光沢に覆われ、生まれたばかりの新生児のようなピンク色をしていた。そう、うさぎが僕の腕の中で出産してしまっていたのだ。そんな事あるか、と思いながらも地面に横たわる赤ちゃんうさぎをそのままにはしておけないので、急いで先生を呼んだ。確かそのうさぎは小屋の中に戻されたはずだが、その後どうなったかは分からない。

 初めて子どもを抱いた時、彼の身体はまだ未熟でありながら確かに熱を発していた。生きているというのは、温かいということだと思った。もうすぐ生まれてから1ヶ月になろうとしている。最近は以前にも増して身体の熱を強く感じる。僕と同じで汗かきかもしれない。いや、そもそも新生児は汗をかきやすいと言うから早合点は禁物だ。僕の腕の中に彼が収まっている時、彼は僕の身体が発する熱を感じているだろうか。耳を胸に付けて、心臓の鼓動を聴いているだろうか。視線が定まっていなかったのが、最近ははっきりとこちらを大きな瞳で見つめるようになった。寝ている時も寝言のような声を出している。泣いて呼ぶ声も大きくなった。

 命の熱源。血は流しても流されてはいけない。熱源。それは絶えることのない循環。熱源。それは肉体から肉体へ、そして精神から精神へ伝達するもの。

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