初めてしかない
生まれた病院内と、その病院から自宅への往復、そして家の中の景色。これまで彼が見てきた景色はそんなところだ。僕が見たと思っているだけで、本人からしたら見えていたのかも怪しい。何せ大人の視力にはまだ追いついていないはずだから、僕が見ている景色とは決定的に違うはずだ。景色だけではない。僕にとっては慣れ親しんだ場所ばかりだけど、小さな耳や鼻から入ってくる音や匂いも含めて、彼にとって全て初めてと言っても大袈裟ではないくらいの刺激だ。
抱っこ紐に揺られながら、外の光が眩しいのか少し目を細めてじっとどこかを見据えている。声を出すわけでもなく、一点を見つめている。一点と言っても、彼を抱える僕は妻と一緒に歩き続けているから、景色は常に変わっていく。彼にとっては今まで歩いた事がない場所を歩いているのだから、混乱しているのか考えているのかとても静かに収まってくれていた。首の部分に軽く手を添えながら、それでも全く揺れないわけにはいかない。歩を進める度に抱っこ紐は揺れるのだけど、彼はその二つの瞳を動かさずに遠くを見続けていた。
今日も外は暑い。まだ梅雨が明けたという知らせは聞こえてこない。小雨が降ったり止んだりしていたけど、本降りの雨にはしばらく出くわしていない。今日も日用品の買い物で出掛けたけど、電車に乗って遠出をせずとも汗ばむのには充分な距離だった。実際は天気は関係なく、今の時期はすぐに汗ばんでしまうのだけど。だから抱っこ紐をしながら歩いていて、僕も息子も暑くなってしまわないかが心配だったけど、意外と平気だった。抱っこと言っても、紐がある程度子どもの身体を固定してくれるから、身体を常に密着させる必要がないからだ。
時間に換算すれば15分くらいの散歩ではあったけど、彼がどんな風に外の景色を見ていたのか気になる。確認のしようがないし、疲れたとも楽しかったとも言わないけど、きっと初めて尽くしだったに違いない。刺激が充分だったのか、帰り際には抱っこ紐の中で気持ち良さそうに目を瞑っていた。その後に家に帰って沐浴をしてミルクを飲ませる。1時間ちょっと前にはミルクを飲んでいたから、お腹一杯かなとも思ったけどそんな心配はいらなかった。ゴクゴクと威勢のいい音を立てながらしっかり全部飲み干してくれた。
そして寝掛かっている息子を横目で見ながらこれを書いている。少し前に「父親にしかできないこと」について書いた。僕が父親として我が子を自宅に迎えてから3週間ぐらい経つけど、未だに「父親にしかできないこと」がはっきり見つかったわけではない。ただ悲観しているわけではなくて、これから先いつかそれが分かる日が来ると信じて続けている。あやしても泣き止まない時は落ち込む事も時々あるけど、楽しいと思える事も同じくらいかそれ以上に感じている。僕にとっても子育ては初めてしかないんだ。人間だからくよくよする時もあるけど、いつまでもそうしていたって物事は前に進まないから。さぁ、今日は手作りのハンバーグを焼こう。