下北>渋谷
立ち止まっている人はほんのわずかしか視界に入らない。個々の表情までは記憶に残らない。乗り込んだ電車は冷房がよく効いていた。日付が変わって急に天気が良くなり、久しぶりに日差しを浴びた気がする。だからTシャツの下では汗が今にも吹き出そうとしていた。その寸前で電車がやって来たという具合だ。しばらくご無沙汰だったTSUTAYAに出掛けてCDを10枚借りていた。昨日の夜にパソコンに取り込んで今日返す。Tカードの有効期限の更新の案内が来ていたけど、出掛けるのを渋っている間に切れてしまっていた。
渋谷が嫌いなのではない。ただ僕の中では下北沢よりも渋谷の方が人が多いイメージがあったから、今日は下北の方が道行く人の数が多いと感じただけ。どちらの方が好きかと聞かれたら、自分が住んでいるということを抜きにしても下北沢と答えるが。Tカードが無ければTSUTAYAではCDのレンタルができない。でも物理的なカードを持ち歩くのはあまり好きではないから、スマホのアプリ上でカードを発行することにした。手順はとても簡単。迷うことはほぼなかった。
信号が青に変わると、大きな交差点を人々が思い思いの方向へ向かって歩き出す。ひとりでいる人も、連れと一緒に歩く人もいる。僕はひとりだ。ビニール袋に入れられた10枚のCD達をTSUTAYAの返却ボックスに放り込んだらそれで用事は終わり。行きと同じ電車に乗って下北沢に帰る。Suicaの残高を確認していなかった。改札にスマホの頭をかざすと案の定ゲートが閉まって、僕をそれ以上先へ通すことはなかった。少し前まではスマホを券売機に置いてチャージができなかったが、今はそれも問題なく行える。便利な時代は更に便利になっている。
傘を差して歩いている人はどこにもいない。日傘を除けばということだけど、それにしても今日は本当に暑かった。部屋のエアコンもいらないくらい涼しい日が続いていたのに。エアコンの下面に取り付けた風除けの粘着テープが弱まっているのか隙間ができていた。やはり後付けはどこか頼りないと思いながらも久しぶりに除湿のスイッチを入れる。冷たい風が吹き出してくる。風除けはまだ取れて落ちずにそこに張り付いている。
彼に一体何があったのだろうか。僕が知る由もない。憶測で物を言えることでもない。ただ事実として、人ひとりの命が途絶えてしまったということだろう。それだって僕には本当なのかどうか確かめようがない。それが事実だとしたら、という話しかできない。でも話をそれ以上広げていって何かそこにあるのだろうか。人間の心を傷つけるのは大抵人間だし、生かされていると感じるのも自分以外の誰かの人間の存在であることがほとんどだ。綺麗事でも何でもなく、皆が幸せに生きられる世界をこれまでもこれからも望み続けている。