斜め寝

 いつも右側を向いて眠っている。起きている時だって大抵は同じく右を向いている。枕を試したが、本人はあまり気に入らなかったようだ。とても素直でいい。嫌なことがあっても、大人見たいに遠回しには言わない。言葉が使えなくても、言葉を使うよりずっと高らかに宣言している。そして言葉を使えるようになってから、言葉だけに頼りがちになっていた自分に気付く。今までどれだけの言葉を鵜呑みにして、人を傷付けて来たんだろう。毎日そんな事を考える余裕がずっと続くわけではないけど、今は静かに寝息を立てているから。

 初めて聞いた彼の声は、肺に吸い込んだ空気を最後まで押し出せないような泣き声だった。でも最近は声の大きさと共に、明確な意志が色濃く反映されている気がする。明確な意志と言ったが、それはあくまでも僕が表情や声の大きさから想像することであって、本当のところは違うのかもしれない。でもそうやって何度も誤差を修正しながら、関係を築いていくのが人間らしい。

 最近は起きている時間が長い。そして両目をはっきりと大きく開いて僕の顔を見ている。視線が定まらずどこを見ているのかよく分からなかった状態から、かなりの変化が見受けられる。あ〜とか、う〜ぐらいしか言わないが、それでも僕が彼の目をじっと見ているのに対するリアクションだと思って声を掛け続けている。お腹から出てくるまでの10ヶ月の間に、子どもや子育てへの色々な先入観や自分なりのイメージというのが積もっていたから、夜の寝付きが良くないとか、授乳の回数が多い少ないで一喜一憂していたのかもしれない。大人だって生活スタイルがそれぞれ違うし、それは元々は皆子どもだった時期があって、その時期の過ごし方が同じではなかったという事から考えても、個性としてある程度はどっしり構えている方がいいと思うようになってきた。

 親がどれだけ可愛いと思っていても、僕の時間軸と彼の時間軸が寸分の狂いもなくぴったり重なることはきっとない。彼が育っていくことは、僕の人生の一部ではあるけれど、彼の人生は僕のものではない。赤ちゃんだからといって、そこは今の時点で履き違えないようにしたいと思っている。好きなように生きていいと言葉にするのはとても容易い。しかし実際に自分の思うように生きることは容易くはない。というか容易くないと思いがちだ。簡単なのか難しいのか、全て自分の心掛け次第だと感じている。

 夕飯はたっぷりの野菜炒めを、溶いて緩く火を通した卵と一緒に食べる。沐浴をしてから数時間が経とうとしている。ローテーブルの横で、元々寝ていた場所から身体を斜めにしながら小さな彼が眠っている。お腹は空かないのだろうか。もう泣き出してもいい頃だ。脱力して開かれた手の上に僕の指を重ねてみた。起きる素振りは見せない。と思っていたら低く唸って顔をしかめている。そして次の瞬間、ぶりっとおならを出した。まだこんなに小さいのに、人間として生きている。すっきりしたのか、今は顔に笑みを浮かべながら眠り続けている。

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