風が吹いている

 傘を持って玄関を出た。雨はまだ降り続いているけど、出掛けるのが億劫になるほどではない。地面は雨でぬかるんでいて、いつもサンダルで移動する僕の足元を脅かす。足裏全体を同時に地面に着地させるように意識して歩き出した。日が暮れた後の下北沢の賑わいが聞こえない。通りに出ても店の明かりが灯っているのに、人の声だけどこかに消し飛ばしてしまったように静まり返っている。街の明かりの中を夕飯を買いに歩き続ける。「オオゼキ」の白い文字が電飾で光っている。今日は出来合いの物でも買ってゆっくりしたい。

 結果的に昨日の夜には何も起こらず、午前中に妻は検診に出掛けた。僕は仕事があったので病院までは行けない。有給が余るほどあれば休みを取って一緒に行きたいのだけど、日数は限られているから仕方がない。必要なタイミングを見定めて無駄にしないようにする。会社の給料以外の収入源も合わせて確保したい。そうすれば自宅以外の場所に出勤するという以外の形で働ける可能性があるし、一時的でいつ終わるか分からない在宅勤務を継続するよりも家族の近くにいられる。

 冷たい風だった。人気がないのに明かりだけが澄んだ街を照らしていた。台風が迫っている時の天気にも似ている気がする。ただ湿気が特別多い感じもしない。もっとたくさん雨が降っている時にはスーパーの買い物客があからさまに少ない。今日は雨量はそれほどでもないのに、レジに並ぶ人の列は見当たらなかった。レジ袋が今月の半ばから有料になっている。普段からマイバッグは持ち歩いているけど、それまでは料理をした時のゴミをレジ袋に入れて捨てていた。有料になって溜め込んでいたレジ袋がみるみる少なくなって、遂にはそこを尽きてしまった。専用に買うのと、レジ袋にお金を払うのとどちらがお得だろう。購入した品物をマイバッグに詰めながら考えていた。

 雨はひと段落していた。傘を開くまでもないと思い帰り道を急いだ。風が僕の身体に雨を吹き付ける。僕はTシャツと膝上までの半ズボンを履いていた。涼しいと寒いの際どいところ。肌の水滴を撫でる風が体温を奪っていく。半額の刺身と、さっぱり食べれそうなカップスープやわかめスープ数個がバッグの中で揺れていた。早めに風呂に入って、お腹の張りがよくなったという妻。病院の先生からは、まだ予定日まで時間があるから焦らなくていい、と助言があったそうだ。言い訳ではないが、焦ってはいないと思う。ただ待ち遠しいのだ。何せ9ヶ月も前から会うのを楽しみにしている。こんなにも長い期間誰かに会うのを待つことはなかった。ただ漠然と待っていたわけではなく、できる限りの準備をし終えたから余計に時間が長く感じる。

 今日の風は何を知らせてくれているんだろう。いずれにしろ遅かれ早かれ目まぐるしい日々がやってくる。僕はずぶ濡れになりながらでも、その小さな手を離さない。彼が自分で風に乗って道を切り拓いていくまでは。

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