夢で終わらない話2

 大学の売店で貪り読んだ週刊少年チャンピオン。漫画雑誌と言えば複数の作品が掲載されるのが常だが、僕が読んでいたのは『範馬刃牙』一択。その格闘漫画の主人公に憧れて素人なりに身体を鍛え続けてきた。ジムに通った事もあるし、トレーニング器具を購入して家で試した事もある。今はリュックサックと水を入れたペットボトルがダンベル代わりだ。ただ僕が目指すのは彼の体型であって生活スタイルではない。もちろん身体作りも生活の一部ではあるけど、それ以外の大部分は僕自身の理想がある。

 漫画の主人公・刃牙が住んでいるのは、お世辞にも広いとはいえない質素な家だ。しかも付近の塀は、彼とまともには丸腰で闘えない不良達の下衆な落書きで溢れている。それに比べたら僕はかなり恵まれている。決して広くはないけど、2人暮らしで小さな子どもがひとりいてもぎりぎり暮らせるスペースは確保されている。東京に住んではいるけど、下北沢の街が粗悪な落書きで溢れているわけでもないから心穏やかだ(落書きがないとは言わないが)。

 刃牙はまだ高校生で、僕は彼よりもかなり歳上になる。今は在宅で働いているけど、平時は通勤して仕事をして給料をもらっている。彼のように東京ドームの地下闘技場で、素手で相手と殴り合う必要は今のところはない。常に闘争と隣り合わせの緊張感溢れる生活に比べたら、僕の生活はかなり緩いものになるだろう。刃牙の生活環境には絶対に僕は相容れないと確信を持って言えるが、彼のメンタリティを取り入れる為には自主的かつ継続的に刺激を取り入れる生活が避けられないだろう。

 刃牙本人にも増して彼の父親もかなり特殊だ。「地上最強の生物」と呼ばれ漫画の最終話でも、僕にはちょっと理解が難しい親子喧嘩の終わり方をしていた(そもそもちゃんと終わったのかすら怪しい)。漫画だし、フィクションだし、僕は面白いと思っているからそれはそれでいい。僕の父親はもちろん「地上最強の生物」ではない。弱い人間だとも思っていないが、現実と漫画の尺度が違い過ぎて具体的な説明が難しい。冷静で冗談ばかり言う明るい父親だということは間違いない。

 漫画と比較ばかりしているわけにもいかないので、僕の目指している生活について話す。住まいはマンションがいい。低層だが地盤のしっかりした土地の高い場所に建っている。防犯の事も考慮して2階に住みたい。最寄り駅からは徒歩で10分くらいが理想。間取りは4LDK。そんなにたくさん部屋があってどうするんだって?キッチンとリビングは当然として、まず夫婦のベッドルーム、そして子ども2人の部屋、トレーニングルーム兼防音室、そしてサービスルーム兼多目的室でちょうど6つ。刃牙の家は地下室があって、そこで彼は想像上の体重100kgの蟷螂と闘っていたけど、そこまで極端な使い方にはなり得ない。

 最近朝の番組で流れるオーディション番組のダイジェスト映像を観ることがよくある。アイドルを目指す十数人の女性達がデビューに向けてパフォーマンスを披露しているのだ。彼女達が当初使っていた言葉には「〜できればいいと思います」という言い方が多かった。自信がないのではなく、どう自信を練り上げていけばいいのか半信半疑な印象だった。最近は「〜したいです」という言い方に変化して口調も力強くなっていた。テレビ画面越しにしか観ていない僕ににも彼女達の自信が伝わってくるようだった。人はこうやって理想や目標を叶えていくんだと。その境地に辿り着くまでに何があったのか全て知っているわけではないけど、行動が言葉を変化させ、内から湧き上がる強い気持ちまで自然に発せられるようになっているんだろう。自分を信じ切った時の人間の力は素晴らしい。

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