いつかの狛江
コンビニでiPhoneのスイカに1,000円チャージした。250円では行った後に帰って来れなくなる。改札を通る時の通知音が耳に心地いい。さっき買ったばかりの麦茶を飲みながらエスカレーターに乗って地下へと進んだ。ちょうど電車がホームに止まるところだった。エスカレーターから一番近い乗車口から車内に入る。冷房の風と、開けられた窓から吹き込んでくる風の両方が火照った身体を冷ましていく。家の近くの広場に座って朝食を食べながら、狛江にでも行こうかと思い付いた。
狛江は小田急線の各駅停車が止まる。急行が止まる駅も遠くないので都心からのアクセスも悪くない。絵葉書の街として有名らしく、電車を降りて改札を通るまでの間に幾つかの水彩画らしき絵葉書の掲示物を見かける。目立って大きな建物があるわけではなく、駅前の様子も穏やか。駅の周りに郵便局や銀行が幾つかあるという、意外と便利な立地でもあると思う。家族連れであればかなり住みやすい街ではないだろうか。
僕は一時期、狛江に住んでいた。大学を卒業して一旦実家に戻って働き出したが、数年経って上京した。身内の家で居候をした後に初めて東京都内に住んだのが狛江だった。最初から住みたかった下北沢にある不動産屋で相談して妥協した結果、狛江の駅から10分と少しの物件に住むことになった。部屋は全く悪くなかった。下北沢に住めなかったけど、次は絶対住むと決めていたからそれまでの辛抱だと思っていた。辛抱しないと住めないわけではなく、生活自体は問題なかった。手頃なスーパーが近くにないこと以外はあまり気にならなかった。
当時働いていた場所が飯田橋だったので、通勤には時間が掛かった。外が暑くなければ、駅から歩く10分以上の帰り道もいい気晴らしになっていた。近くのスーパーで事足りない時は、狛江の駅とは反対方向に歩いてイトーヨーカドーや調布まで足を伸ばすこともした。調布のあたりまで行ってしまうと帰りは結構しんどい。夏の暑い日は汗だくになって部屋まで戻っていた。
夜中にこんなことがあった。シャワーを浴びて一息ついていたら、風呂場の入り口のドア枠から水が漏れてきていた。風呂場で水が漏れている様子はない。もちろん僕がシャワーを浴びた後も何ともなかった。気付いたことと言えば、僕の部屋以外の誰かが水を流す音が聞こえるくらい。もしかしてと思って不動産屋に電話を入れた。原因は上の階の水が漏れていて下まで伝ってきていたそうだ。上の階の部屋に修理が入ったらしく無事に問題は解決した。
今日の狛江は、いつかの狛江と同じ街だった。駅前にある何度も通ったラーメン屋。借りていた部屋とは反対方向にあった行きつけのスーパー。駅前の広場で走り回る子ども達と見守る親子達の姿も変わらずそこにあった。引越した日も風に揺れていた竹林だけが、以前よりも少し切り揃えられていた気がした。