夏は待たない

 冬の寒さに比べたら、夏の暑さの方がまだいいと言っていたのは今年の初め。それからもう既に半年が経っている。ピアノの音色を聴きながら、少し気温が下がり始めた6月初旬にこうしてブログを書いている。8月になって夏本番になれば、僕はきっと冬の寒さの方がまだ耐えられると思いながら汗を拭っているだろう。まだ冷房のスイッチは入れていない。最近買ったサーキュレーターと、前から使っている扇風機をフル稼働しながら部屋の空気を滞らせないようにしている。それでも夏は誰に断りもなくやってくる。

 去年は家族で花火を観に出掛けた。山間の冷たく透明な川に足を浸しながら、あっという間に過ぎ去っていく季節を想った。雲は晴れて日差しがまっすぐ頭上から照り付けてくる。僕はTシャツと紺色の短パンを履いて、川の真ん中にどっしりと置かれている石の上に座った。サンダルで歩く川底の大小様々な小石を踏み分け、水の流れを押し分けながら進んでいく。夏らしく髪の毛を短くしておけばよかったと少しだけ後悔して、ポケットのハンカチを川の水で濡らして頭や顔の汗を拭った。

 実家の庭で手持ち花火をしたことを思い出す。まだ小さな姪っ子達の腕を支えて花火を持ち、蝋燭の火に近づける。先っぽに付いていた紙が燃えているのを見守っていると、一瞬火花が散って花火が燃え出した。空高く上がる花火と比べてあまりにも細々とした途切れない音が煙と一緒に吐き出され続ける。口を開けたまま放心状態になっている彼女の顔が赤く照らされていた。花火が終わって、真っ暗になった後は蛍を見に出掛けた。暗くて川も見えないし、川の柵もほとんど見えない中で、蛍の光だけが不安定な軌道を描きながら飛んでいた。

 河原の向こう側に明かりを灯している屋台の連なりに向かって、財布を片手に歩き出す。雲行きが怪しい。赤い橋を渡ってもうすぐ屋台の群れに出くわす頃には小雨が降り始めた。たこ焼きや焼きそばなどの祭りの定番と言っていい品を両手一杯に持って、来た道を急いで戻った。小雨だった雨は次第に強さを増しながら、降り続けている。河原の反対側まで戻って来た時には、着ていたTシャツは既にぐっしょりと濡れてしまっていて、屋台の料理が冷めてしまわないことだけを考えて歩き続けた。

 雨の降る向こうから、傘を差した父が歩いてくる。心配して駆けつけてくれていた。だが時既に遅しで、僕は絶望的に濡れてしまっていてどうしようもなかった。夏でなかったら確実に身体を冷やして風邪でも引いてしまったかもしれない。着替えを借りてビールを飲みながら花火が打ち上がるのを待っていた。そしてさっきまでの雨が嘘のように雲が晴れて、星が暗黒の空に瞬いていた。皆が見上げて固唾を飲んでいた大きな花火がすっかり消えて、微かに残っていた火薬の匂いもどこかにいった後も、星はいつまでも静かに輝き続けていた。夏がまた来る。

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