雨上がりに
黄色いコーンに白いバニラのソフトクリームの形をした大きなオブジェが規則的に点滅している。僕の口はそのソフトクリームには小さ過ぎるから、きっとひと舐めしただけでお腹一杯になってしまう。それを横目に見ながら雨上がりの下北沢を歩いた。筋トレ終わりにシャワーを浴びながらシャンプーのボトルを数回押す。水分が幾らか混じった薄い液体になっていたので、ドラッグストアに買い足しに出掛けた。さっきまで激しく降っていた雨は梅雨前の濁った空気を濾過して、街の明かりを鮮明に僕の瞳に映していた。
手首の少し小指側の皮膚が分厚くなっている。腕立て伏せをする時に一番そこにストレスが掛かるからだ。滴る汗が手の甲に落ちて、それが指の間から手の平につたって流れる。一息つこうと思って床に敷いたマットから身体を起こした時に、手の形にへこんだところが汗で濡れて色が濃くなっている。100円ショップで買った青いヨガマットは、手を置く場所と足先を置く場所が擦り切れてしまっている。筋トレ終わりには床を水拭きして、青いマットの小さなカスは粘着ロールで絡めとっている。
久し振りに風呂掃除をしてみた。長い棒の先にスポンジが付いている。白くて中身の見えないボトルには洗剤が入っている。握ると泡状になって出てくるタイプだ。でもおそらく吹き付けたまま放置するタイプではない。そんなにたくさんスプレーしてしまったら、浴槽の一面しか綺麗に出来ないくらいの量しかないはずだ。満遍なく洗剤を撒いてスポンジで擦ってみる。棒の根元が自由に動かないので、浴槽の中でも磨きやすい場所とそうでない場所があった。そんなに汚れてなさそうだけど、今日は久しぶりに湯船に浸かってみようかと思っている。
いつもと同じ下北沢なのに、今日は街灯やお店の明かりが妙に鮮やかに感じる。空には群れからはぐれたように少しだけ雲が残っていて、そばに出ていた月がそれを淡く照らしていた。月が照らしてるんじゃなくて、月は自分で光を放てず太陽の光を浴びて光っているのだから、雲を照らしているのも太陽ということになる。姿形が見えなくても、雲と月を通して太陽の存在を確かめる。遠く離れていても、実際にとてつもなく遠い距離に星達はいるのだけど、自分の存在を自分ひとりの力では辿り着けないほど強く感じさせてくれる人達もきっとこの空を見上げている。
ソフトクリームはまだ点滅し続けている。賑やかに談笑する声が聞こえてくる。左手にドラッグストアで買った品物が入った袋を持ち、右手はいつもの手を握っていた。結婚することを意識したのはいつか。突然聞かれてうまく応えられなかったのだけど、言葉に出来ない予感というのは意外と現実になる。だから僕はそれを運命だと信じている。そして僕は今日も運命が遣わしたその人の手を引いて月明かりを頼りに歩いていく。