夏の前触れ
今年もあの蒸し暑い季節が迫っている。まだ5月なのに最近は毎晩のように寝汗を掻いている。薄手のタオルケット一枚で寝るのだけど、日が昇るまでの夜中はまだ少しだけ肌寒い。僕は元来の汗掻きでタオルが手放せない。大学の時に初めての一人暮らしで住んだ部屋は、窓の位置が向かい合っておらず風がほとんど通らなかった。パンツだけ履いてキャンプ用の椅子に座っていたのだけど、すぐに背もたれの所が汗で染みてしまっていた。なぜかベランダに鳩が止まっていたけど、蝉の声はまだ聞こえない。その内に子ども達が抜け殻集めに忙しくなりそうだ。
ジーパンを履いていたのを、くるぶしが見える鼠色のパンツに履き替えた。生地が薄いし足に密着することもなくなって風が通るようになった。いつも外に出る時はパーカーを羽織っていたけど、今はもうそれすら暑い。上半身はTシャツ1枚しか着ていない。だからといって汗が全く出ないかと言われればそんなことはなくて、しばらく歩いているとタオルがいつも欲しくなる。ポケットには小ぶりのハンカチを持ち歩いている。
摂取する水分も多くなっていく。普段からたくさん水分を摂っているほうだと思うけど、歩を進める度に身体のどこかから水が抜けているような気がしなくもない。自販機で買う冷えた麦茶がおいしい。水滴がすぐに付いてしまうから、靴下みたいな白くて薄い口の空いた筒状の生地を被せてカバンにしまっておく。在宅勤務になる前は毎朝スニーカーを履いて出掛けていた。足が大きいから、ぴったり合う靴のサイズが中々見つからない。だからコンバースの定番色の同じ形の物ばかり履いている。今も玄関の棚にしまってあるけど、最近は専らサンダルで移動している。
通りの脇のお店の中には、外側の窓を全て開け放ってとても開放的で気持ち良さそうな場所になっている所があった。こんな状況でなかったとしても、とてもいい試みだと思う。お店の中の空気と外の空気が、外壁を隔てて完全に分離されている。同じ街に存在しているはずなのに、そこではないどこか別の場所にいることを主張しているように感じる。屋根以外の窓を全て開けてしまえば、街の空気と店内の空気が混じることでその街とそこを歩く人とその店の垣根が失くなってひとつになるように思う。
街を歩く人々は毎日入れ替わる。店舗で働く人達もずっと同じではないかもしれない。同じお店がいつまでもその場所にあるかどうかは誰にも分からない。街は人がつくっていくものだと思うから、例え形ある物が変わっていったとしても街に訪れる人が絶えない限り滞って淀んでしまうことはないと信じたい。
少しずつ街に人が戻りつつある。いなくなったわけではなくて、皆外に出始めているのかもしれない。毎日の日常が非日常になり、非日常だと思っていたことがこれからの日常になる。毎日の変化に呑まれて見過ごしてしまいそうになるけど、変わらずに支えてくれる人のことはずっと想って生きていこう。