明日の星は
玉ねぎを2時間近く炒めていた。カレーを作るのにも随分慣れたはずなのに、刻んだばかりの玉ねぎは相変わらず目にしみて堪える。かつおと昆布でとった出汁に、スーパーで買った痩せた渡り蟹を細かくちぎって入れる。涙目になりながら玉ねぎを炒める隣で蟹を鍋で踊らせた。玉ねぎをペースト状になるまで煮詰める。涙目も収まって他の具材を入れカレールーを溶かしたら完成だ。まだお腹が空いていなかったから散歩に出掛けた。ビルのシルエットのすぐ上に月があって、そこから少し上には一際眩しく光る星がひとつあった。
金曜はいつだって気分がいい。仕事は終わりだし、次の日の朝はゆっくりできる。それは土曜の夜眠るその時までのことではあるけれど。日曜になったらまた月曜からのことを考えてしまうから。朝食はいつもマフィンに目玉焼きを挟んで食べている。バナナとアロエヨーグルトと牛乳、そして豆乳も一緒に飲んでいる。少し前まではベーコンをかりかりになるまで焼いて食べていた。
今日はいつものマフィンを前日に買い忘れていた。近くのコンビニでハッシュドポテトとりんごヨーグルトと一緒にサンドイッチを買う。二度寝した後なのでもう朝日とは言えないかもしれないが、春らしい控えめな日差しだ。風が吹いていてパーカーではまだ少し心許ない。遅めの朝食は少し量が多かった。味付け卵が挟まれた卵サンドイッチ。どうしても卵が食べたかったわけではないので、食べ切るのに時間が掛かってしまった。
午後になると気温が上がってきた。少し外を散歩したくなったので外に出た。下北沢を三軒茶屋方面に歩き出し、住宅街を進むと小さな川が流れている。春先には桜が水の流れに沿って咲いてとても綺麗だが、今はもう散ってしまっている。花が散っても、その後を継ぐように青々とした若葉が同じように水の流れに華を添えている。水は透明で綺麗だ。東京にいても綺麗な水流には出会える。どれくらい綺麗か聞かれたらうまく説明できないけれど、田舎とは違って主張し過ぎない自然もいい。
長く歩いたし、朝よりも気温が確実に高くなっていたし、パーカーの前を締めていたので汗を掻いてしまった。帰り道は来た道とは違う通りに出る。同じ道でも行きと帰りが同じとは限らない。別の通りなら少なくとも景色は違う。フェラーリが家の駐車場に止まっている。今日はその家の前は通らなかった。いつか僕もハンドルを握ってドライブに行けるだろうか。
明日も天気がいいらしい。今日よりも気温が高くなると天気予報で伝えていた。今日の星は、明日もそこにいるだろうか。今日見た星は、明日の星にはなり得ない。今日僕の目に届いた光は、明日にはもう消えてしまっている。明日には、明日の新しい星の輝きが届くから。