どんな世界に置いても
村上春樹の小説「1Q84」。文庫本で6冊というボリュームがあったが今日最後の1冊を読み終わった。初めてではなく2回目になる。前回読んだときの内容は薄らとしか覚えていなかったので、初めて読んだような発見がいくつもあった。前回読んだ時は何とも思わなかったであろう部分が気になったり、ぼやけて府に落ちなかった箇所が妙に自分の中で納得がいったりした。それでも残された疑問は少なくない。でもそれでいいと思った。物語を通して少しずつその世界の秘密を解き明かしていきたい。
普段例えば、前日の夜と朝起きた時に自分がいる世界が同じ場所どうかなんて考えたことはあまりない。毎日通りですれ違う人達の様子が前日と何かはっきり違うと気付くこともほとんどない。世界は誰にとっても同じで、関わり合いになることはないであろう多くの人の顔を、見るともなく視線をちらりと向けてすぐ逸らすことを繰り返しているだけだ。もしかしたら不特定多数の人は元々居た世界とは違う場所にいると知覚して生きているのかもしれないが。
仮に何かの拍子で今まで居た所とは別の世界に迷い込んでしまったとしても、それはあくまでも本人の意識がそう認識しているのであって他人に証明する術がない。自覚のない人間にいくら言葉を尽くして説明しても、理解してもらえることはおそらくない。一番の問題は別の世界に迷い込んだ本人自身が理屈立てて状況を説明できないということだ。そんな中でも「1Q84」の主人公・青豆は終始とても冷静に振る舞おうとしているように映った。
言葉で説明できず、厳密に自分がどんな世界にいるかも分からないのなら、後はなるようにしかならないと腹を決める。決して穏やかとはいえない数々の出来事に直面しながらも、やがて訪れるであろう運命の邂逅に向かって彼女は身体と頭脳を駆使して事態を切り抜けていく。さながらスパイ映画のような緊張感と、目の前で起こる不可思議な現象に時折混乱しつつ冷静さを失わない。そんな隙のない思慮深さがもうひとりの主人公・天吾へと向かわせたのだろうか。
文字にして誰かに伝えるにはあまりにも拙い物語。しかしそこには確かに人の心を掴むものが垣間見えていた。そして天吾自身の手によって図らずもその物語は世界のバランスを脅かす重大な秘密を露わにすることになってしまう。そして彼も青豆と同じようにそれまで居た世界と似ているようで実は違う場所で、何かに巻き込まれていることを悟っていく。
人間はひとりではあまりにも非力だ。できることは多くはない。世界のありようを丸ごと変えてしまうことはできないかもしれない。僕らにできることがあるとしたら、それは世界のあり方を自分なりに解釈して意味付けをすること。そして限られた選択肢から最良の決断を自ら下し、それを信じて全うすることだ。青豆と天吾はこれからもそうやって生きていくはずだ。信じるということが何よりも冷えた心に血を通わせ、手を取り合って前に進む力になることを僕らは知っている。