元気な君へ

 僕が手を添えた途端に静かになってしまう。彼女がさすっている間はあんなに元気よく動き回っているのに。恥ずかしがり屋なのかな、誰かに似て。毎日少しずつお腹が大きくなるらしい。胃が圧迫されて苦しいのかもしれない。でも家で作る料理を美味しいと言って食べてくれる。彼女が食べた美味しい料理は細かくなって君の元に送られているはずだ。味が分かるのかな。きっと分からないだろうな。まだ身体を大きくするので精一杯だろうから。

 じっとお腹を見つめていると、肌が所々ぼこぼこと微かに動いた気がした。初めての時は気のせいかと思った。とりあえずそれっぽく手のひらをお腹に乗せてみる。特に何かが動くようには感じない。彼女はよく動いていると言う。やっぱり自分の身体に中にいるから小さな動きもよく分かるんだね。身体よりもほんの少しだけ大きなスペースで君なりに一生懸命動いているんだろうな。こっちの世界はもっと広くて楽しいぞ。

 僕が見る限りという前提ではあるけど、朝や昼間より夜寝る前のほうが活発に手足をバタつかせている気がする。昼間や朝は、僕がお腹に手を添えるとその部分が暗くなるのかもしれない。声も低いから僕が近くにいることが分かるんだと思う。夜は部屋も暗いし、布団をかぶっているから僕が話しかけても元気がいいまま。とても嬉しいことだ。父親だと分かっているのかは何とも言えないけれど、誰が何と言おうと君は間違いなく僕らの子どもだ。

 でもね、できることなら少し僕の話を聞いてくれたら嬉しい。まだお腹にいる君にどんな話をするんだってことだけど、聞こえてたら耳を済ませてほしい。お母さんがね、時々夜寝られないことがあるんだ。君がお腹で元気よく動き回るから寝れないんじゃないんだよ。君のせいだなんてこれっぽっちも思っていないからね。僕も彼女も君よりも随分お腹の外で長く生きてきた。君が知らないこともたくさん知っているし、小さな君の身体ではできないこともたくさんできるようになった。

 そんな2人にもまだ経験していない事があるんだ。それはお腹の外で君を育てるということ。お父さんとお母さんになって君と楽しい時間を過ごすこと。僕がそうだったように、大きくなった君はどこか遠くに行ってしまうかもしれないけど間違いなく僕らは幸せなんだ。幸せというのは、楽しい事ばかりではないということ。悲しいことも辛いことも全部引っくるめて生きるということだと思う。それでも支え合って信じ合える人がいるのが本当の幸せだ。

 だから君のお母さんだって時々は泣きたくなる。僕はその震える背中を撫でることしかできないから、涙は出なくても少し悲しくなったりする。お腹の中でそんな2人を大目に見てくれたら嬉しい。もうすぐ会えるのを楽しみにしている。

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